Ice lolly2⋈③


「…ありす、今日も頑張れよ」

 その日の深夜。氷雅ひょうがお兄ちゃんが私の頭を優しく撫でた。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは部屋から出て行く。

 ぱたん、と閉まる部屋の扉。


 氷雅ひょうがお兄ちゃん、体大丈夫みたい。

 よし、着替えよう。


 私はガタッと椅子から立ち上がりベットの前で、

 だっさいTシャツを脱ぎ、裾にリボンがついた紺色のゆるTシャツに着替える。


 下は短パンのままでいっか。


 ウィッグはどうしよう…。

 金髪のままの方がわざわざ髪の事話す必要ないしいいかも…。

 だけど、


 氷雅ひょうがお兄ちゃんとの約束を今日も破ることになる。


 それは絶対にだめ。

 今更被っても金髪見られちゃってるし意味ないけど、私、約束守りたい。


 私は黒のふわロングのウィッグを被る。


 うん、昨日よりはマシになったかな…。


 昨日会えたからって月沢 つきさわくんに今日も会えるとは限らない。

 だけど…会いに行かなきゃ何も始まらないから。


 私はスマホを短パンの脇ポケットに入れ、水色にゴールドの星柄がついたカーテンの前まで歩く。


 シャッ!

 カーテンを開けリボンで留めると、ガチャ、と鍵を外し、


 ――――ガラッ。

 私は扉を開けて飛び出す。


 兎がいそうな大きな満月は少し欠けていて、

 夏の夜空の星々はそれを補うようにキラキラと輝いている。


 …今日は話しかけてこない。

 いないのかな?


 私は恐る恐る穴が空いた仕切り板を見る。


 涼しい夏風が吹いた。

 綺麗な白髪がなびく。


 隣のベランダに月沢 つきさわくんが立っているのが見えた。

 黒のTシャツに白のTシャツを重ね着し黒のスキニーパンツを穿いている。


 あ、いた……。


「…今日は黒髪なんだ」

「…星野ほしの、なんで泣いてんの?」


 え…?


 自分の頬に右手で触れてみる。


 嘘…。

 私、なんで泣いて……。 


 …あ、そっか。

 月沢 つきさわくんに会えたのが嬉しいんだ。

 でもそんなこと恥ずかしくて言えない。


「…これ、食べるか?」

 月沢 つきさわくんは袋に入った白いサワー味のアイスキャンディーを仕切り板の穴から手渡してきた。


「うん、食べる」

 私は仕切り板に近づいてとっさに手を伸ばす。

 袋に入った白いサワー味のアイスキャンディーを受け取った瞬間、今日も指先が触れた。


「…泣いてごめんね」

「勉強疲れ溜まってるのかも」


「…勉強疲れ?」


「…氷雅ひょうがお兄ちゃんに言われて毎晩大学受験の勉強遅くまでやってるから」


「…大変だな」


 私は誰にも聞こえないような声でぽつり呟く。


「…ほんと心に絡まったリボンほどいて欲しい」


 月沢 つきさわくんは無表情なまま私を見つめる。


「… 月沢 つきさわくん、私ね、高校では金髪隠してるの」

氷雅ひょうがお兄ちゃんと登校する時は必ず黒のウィッグ被る約束してて」

「だから…」


「…昨日ここで金髪見たこと秘密にして欲しい?」


「あ……うん」

「それを今日、高校で言うつもりだった」


「……」

 月沢 つきさわくんは黙る。


 震える唇から消え入るような声を絞り出す。

「… 白瀬しらせ先生に聞いた」

「不登校のこと」


 月沢 つきさわくんの両目にふわりと前髪がかかる。

「… 高校には行く気ない」


「なんで?」


「…溶ける、早く食べろ」


「あ、うん…」

 私は袋を破る。


「…俺も食べよ」

 月沢 つきさわくんも袋を破った。


 昨日は一人でアイスキャンディー食べたけど、

 今日は月沢 つきさわくんと一緒に食べてる。


 嬉しい。

 もっと近くで話してみたい。

 だけど、


 ベランダの仕切り板を飛び越えることは出来ない。


「…金髪見たこと秘密にしてやるよ」


「え?」


「…その代わり俺とここで会ってるのも秘密で」


「分かった」


「…それから」


 月沢つきさわくんがじっと私を甘く見つめる。


「…明日の深夜、俺の部屋に来ないか?」


 私の思考が一瞬だけ停止する。


 え…今なんて……。


「…仲間も来る」


 あ、ふたりきりじゃないんだ…。


「どうやって部屋に…?」


「…仕切り板壊す」


 ええ!?


「バレたら大家さんに怒られて弁償しないといけないし…」

「それに氷雅ひょうがお兄ちゃんにバレたら困るので…」


「…じゃあ、玄関から」


 玄関からって…。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんを裏切れって言うの?


 そんなの無理だよ…。

 氷雅ひょうがお兄ちゃんに絶対バレちゃう。


「…来なかったら秘密バラすかもな」


 ええ!?

 金髪見たこと秘密にするって、さっき言ってたのに…。


「…い、行きます」


「…スマホ持ってるか?」


「うん」


「…じゃあID交換な」


 仕切り板の穴からお互いのスマホを合わせる。

 胸がドキドキでいっぱい。


 友だち

 お母さん

 お父さん

 氷雅ひょうがお兄ちゃん


 そして…


 月沢怜王つきさわれお


「…家族以外初めて」


「…俺、友達第一号?」


「うん」

 私はそう短く答える。


「…頭になんかついてる」


「え、どこ?」

 私は月沢つきさわくんに頭を見せる。


 穴が空いた仕切り板から月沢つきさわくんの右手が伸びてきて、

 私の頭に優しく触れた。


「…嘘だから」

「…出る時、ラインか電話して」

「…星野ほしの、また明日な」

 月沢つきさわくんはそう言うと手を引っ込め、部屋に入って行った。


 嘘って……。


 ドクドクドクドクと、私の心臓が物凄い音を立てる。


 顔が熱い。

 呼吸止まるかと思った。


 月沢つきさわくんに頭、触られちゃった…。


 それだけじゃない。

 ID交換までしちゃった。


 私はアイスキャンディーの空袋と一緒にスマホをぎゅっと抱き締める。


 だめだって、

 許されないって分かってるのに。

 分かってたのに。


 だけど、

 もう止められないの。

 ごめんね、氷雅ひょうがお兄ちゃん。

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