第32話 御影の異常

 夜のショッピングモール近くの交差点。


 そこは休日の夜だけあって人通りが多く、煌びやかな照明が店先を照らしていた。


 そこへ――突然、ビルの陰から巨大な影が現れた。


 アンノウン。

 今回の個体は異様に細長い体躯で、その首は長くしなっており、頭部には無数の目玉が蠢いている。


 通行人が悲鳴を上げ、荷物を落として走り去った。


 翔真は漆黒のスーツを纏い、その怪物に向かって地面を蹴った。


 コンクリートが砕け、アスファルトが跳ね上がる。


 青白い脈が体内を奔り、視界には複数のターゲットマーカーが点滅した。


 (早く倒さないと……!)


 心臓が痛いほどに鳴る。

 身体が硬質化していく音が、骨の奥から響いた。


 「遅いぞ翔真ー!」


 乾いた声が上空から降ってきた。


 見上げれば、ビルの壁面を銀色のスーツが軽やかに跳び移ってくる。


 御影亮。


 「よっしゃ……こいつは俺がいただくぜ?」


 御影は楽しそうに目を細め、爪を光らせた。


 (御影……)


 昨日、屋上であいつが言った言葉を思い出す。


 ――「全部壊してみたくねぇ?」


 胸がきゅっと縮んだ。


 「やめろ、御影! 近くにまだ避難しきれてない人が――」


 翔真が叫ぶ前に、御影は地面を蹴り飛んだ。


 白銀の軌跡が闇を裂く。

 そのままアンノウンの胴体に飛び乗り、ブレード状に変化した右手を思い切り突き刺した。


 ズバッ!!


 怪物の体内から黒い液体が大量に噴き出す。


 御影はそれを浴びながらも、獣のように笑った。


 「ハハッ、来いよォォ――!!」


 無数の触手が御影に襲い掛かる。


 だが彼はそれを軽やかにかわし、切り裂き、叩き落としていく。


 「御影! やめろ、周囲に人が――!」


 「邪魔すんなよ翔真!!」


 御影の声が鋭く響いた。


 振り返った御影の瞳は、もう完全に人間のそれではなかった。


 瞳孔が縦に裂け、青白い光が奥で蠢いている。


 「こいつらごと全部壊したっていいじゃねぇか!」


 御影は叫び、再び怪物の胴体に深く爪を突き立てた。


 悲鳴が上がる。


 よく見れば――怪物の周囲にいた市民が、振り払われた触手に巻き込まれて吹き飛んでいた。


 (御影!!)


 翔真は全力で走り出し、硬質化した脚でアンノウンの脚を蹴り砕く。


 怪物が大きくバランスを崩す。


 御影はなおもその頭上で笑っていた。


 「もっと来いよォ!! もっと!!」


 怪物の断末魔が響く。


 御影は完全に戦闘に酔っていた。


 翔真はその腕を掴んだ。


 「やめろ御影!! 人が――!」


 「うるせぇ!!」


 御影の爪が一瞬翔真の胸に突きつけられた。


 硬質の金属音がガキンと響く。


 お互いの装甲がぶつかり合い、青白い光が散った。


 「……邪魔すんなよ翔真。お前も俺と同じだろ? どうせ人間になんかなれねぇんだからよ……」


 御影の目が細くなり、その奥に底知れない闇が見えた。


 翔真はその手を強く払いのけた。


 「俺は……違う……!」


 震える声で叫んだ。


 御影は小さく鼻で笑い、そのまま怪物の頭を一撃で粉砕した。


 黒い血が夜空に弧を描き、街灯の下へ降り注ぐ。


 遠くでまた人の悲鳴が上がった。


 怪物が崩れ落ち、静寂が訪れる。


 御影は血に濡れた顔で、ぽつりと言った。


 「……翔真、お前もいつか分かるよ」


 そしてふいに背を向け、夜のビル群へと溶けて消えた。


 その背中はどこまでも軽やかで、怖いほど自由だった。


 翔真はただ立ち尽くし、胸を押さえた。


 (御影……)


 青白い脈が苦しそうに光を放ち、吐き気が込み上げた。


 (俺は……あいつみたいには……)


 自分にそう言い聞かせるたびに、なぜか胸がひどく痛んだ。


 ビルの窓に映る自分の姿は、漆黒の化け物だった。

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