第23話 初めてのデート(仮)
翌週の日曜日。
曇り空の下、駅前のロータリーで翔真はそわそわと立っていた。
制服ではなく、珍しく私服――地味な黒のパーカーに、細身のジーンズ。
それでも街中に立つと、どこか居心地が悪く、何度も袖を引っ張った。
(こんな格好……変じゃないか?)
鏡で何度も見たはずなのに、やはり落ち着かない。
胸の奥には青白い脈動がかすかに響いている。
少し前なら、それが怖くて仕方がなかったのに、今はなぜか――
(雪乃に、見せたくない)
ただそれだけが強く頭を占めていた。
すると、改札口の向こうから雪乃が姿を現した。
白いブラウスに薄いベージュのカーディガン。
スカートは優しいチェック柄で、制服のときより少し大人びて見える。
思わず胸が跳ねた。
「待った?」
雪乃は小さく首を傾げて微笑んだ。
その笑顔があまりに自然で、翔真は思わず目をそらしそうになった。
「い、いや……俺も今来たばかりだから……」
そう答える声が少し掠れて情けない。
雪乃はくすっと笑い、翔真の腕にそっと触れた。
「じゃあ行こ? カフェ、駅前に新しくできたんだって。」
柔らかな指先の感触に、思わず息が止まりそうになる。
(これ……デート、みたいだな)
そんな言葉が頭をよぎり、心臓がひどくうるさく鳴った。
二人並んで歩く商店街は、人で賑わっていた。
小さな雑貨屋の前ではカップルが笑い合い、向かいのカフェテラスでは友達同士が楽しげに話している。
翔真は、そんな光景をずっと遠いものだと思っていた。
でも今、自分は雪乃と並んで歩いている。
それがただ、それだけで、少しだけ息が楽になった。
「……この前さ」
雪乃がふいに口を開いた。
「私、泣いちゃったじゃん。あれ……恥ずかしかったな。」
翔真は小さく瞬きをした。
(……あの日のことか)
「私ね、なんか色んなことが一度に怖くなっちゃって。
ヒーローのことも、榊くんのことも、全部。」
雪乃は少し俯いて言った。
「でも……榊くんに会ったら、やっぱり私、嬉しくて。なんでだろうね。」
翔真は何も言えなかった。
喉が詰まって、声がうまく出せない。
「……私、榊くんが、ヒーローみたいだなって思うときがあるんだよ」
「は……?」
思わず情けない声が出た。
雪乃は恥ずかしそうに、でも少しだけ誇らしげに言った。
「誰かのことちゃんと見てて、気づかってくれるとことか。
それにこの前だって……私が泣いたとき、榊くん、何も言わなかったけどちゃんと側にいてくれたじゃん。」
(……俺は、お前を泣かせた張本人だってのに)
それなのに、そんなふうに言われるなんて――
胸の奥が痛くなって、同時に少しだけ温かくなった。
カフェに着くと、雪乃が小さなテーブル席に座り、対面に翔真が座った。
木目の机を挟んで、雪乃が小さく笑いながら足をぶらぶらさせている。
「ねぇ、私さ」
雪乃が小さな声で言った。
「また、榊くんとこうして出かけたいな。」
その言葉が、頭の奥まで響いた。
胸が熱くなって、言葉に詰まる。
(また……)
(また笑いたい。雪乃と一緒に、普通に笑っていたい。)
硬質化した体の奥で、青白い脈が優しく震えた。
いつものように冷たく光るだけじゃなく、ほんの少し温度が宿った気がした。
「……ああ。俺も……また一緒に出かけたい」
やっとの思いで、それだけ言った。
雪乃は嬉しそうに瞳を細めて、紅茶のカップをそっと口に運んだ。
その仕草を見ているだけで、翔真の心臓は何度も音を立てて跳ねた。
(――まだ大丈夫だ)
(まだ俺は、人間のままでいられる)
そう信じたかった。
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