第19話 雪乃の涙
翌日。
翔真は教室に入ると、わざと雪乃のいる方を見ないようにして席へ向かった。
雪乃の声が、誰かと話す明るい調子で耳に届く。
(……近づいちゃダメだ)
黒瀬の冷たい言葉が脳裏に蘇る。
「ヒーローは恋をするな」
「お前が感情を抑えられないなら、周りを不幸にするだけだ」
その言葉が何度も何度も胸の奥を刺した。
いつもなら昼休みに「一緒に食べよ」と声をかけに来てくれる雪乃が、その日は来なかった。
(……当たり前だよな。俺が避けてるんだから)
弁当を広げる気にもなれず、教室を出て渡り廊下に出る。
風が冷たい。
壁にもたれ、青空を見上げる。
だけど胸の奥には、どす黒い雲がずっと渦巻いていた。
昼休みが終わるチャイムが鳴り、翔真は仕方なく教室へ戻った。
すると、扉の前で小さな声が聞こえた。
「……またヒーローの話? ねぇ雪乃って本当単純だよね。」
「そうそう。昨日も“あのヒーローが好きだな”とか言ってたじゃん?」
「ウケるー! 実際あんなの本当に人間なのか怪しいのにね。」
女子たちの軽口。
翔真は思わず立ち止まった。
(……やめろ)
心の中で呟く。
(雪乃は……そんなふうに笑われるような子じゃない)
「てか最近、雪乃ってあいつとも話してるよね? 榊? あんな陰気な奴とさー」
「やめなよ……」
弱々しい声が割って入る。
(……雪乃?)
扉を少し開けると、そこには雪乃がいた。
教室の隅で、女子たちに囲まれている。
雪乃は困ったように笑っていたが、その目はどこか潤んでいた。
「やめてってば……別に榊くんは、いい子だし……」
「へぇー? どこが? 私あいつと話したことないしー」
「そうだよね。ちょっと気味悪いし。」
「やめてよ……!」
雪乃が初めて強い声を上げた。
女子たちは少し驚いた顔をし、それからバツが悪そうに笑って散っていく。
雪乃はその場にぽつんと取り残され、小さく俯いた。
しばらくそのまま立ち尽くしていた雪乃は、ふいに目元を拭った。
涙だった。
翔真の胸の奥が、ギリギリと痛んだ。
(俺のせいだ……)
自分が雪乃と一緒にいたから。
あんなふうに笑われて、泣かせてしまった。
拳を強く握る。
硬質化した指先が掌に食い込み、小さな血が滲む。
(何のためにヒーローになったんだよ……)
人を守るため?
それなのに、自分の大事な人すら、泣かせることしかできない。
廊下の奥へ歩き出した雪乃の背中を、翔真はただじっと見つめていた。
声をかけることもできなかった。
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