第6話:コンテスト本戦プレゼンテーション I:夢と技術
コンテスト応募から数週間後。
奏と悠斗の元に、主催の出版社から
[cite_start]一次審査通過の知らせが届いた [cite: 7]。
信じられない気持ちで、
二人は何度もメールの文面を見返した。
そこには、最終プレゼンテーションの日時と場所、
そして「当日、実演と質疑応答を行います」と
[cite_start]簡潔に記されていた [cite: 7]。
夢にまで見た、プレゼンテーションの機会が、
ついに現実のものとなったのだ。
喜びと緊張が入り混じり、
二人の心臓は激しく鼓動した。
放課後の部室は、
再び熱気に包まれた。
最終プレゼンテーションに向け、
二人は資料の見直しと
[cite_start]発表の練習に没頭する [cite: 7]。
PowerPointのスライドを何度も確認し、
声のトーンや話すスピード、
質疑応答のシミュレーションまで、
[cite_start]細部にわたって準備を重ねた [cite: 7]。
部室の隅に積まれた参考書と、
飲みかけのコーヒーが、
彼らの努力の跡を物語っていた。
窓の外には、夏の終わりの蝉の声が響き渡り、
部室の中の緊張感をいっそう高めているようだった。
奏は、何度か深呼吸を繰り返しながら、
資料に目を落とした。
指先が微かに震えるのが自分でもわかる。
悠斗は、PCの画面とにらめっこし、
[cite_start]デモPVの最終調整を行う [cite: 7]。
ボカロの音声は、わずかな息づかいまで、
[cite_start]感情豊かに表現できるよう、磨き上げられた [cite: 7]。
彼の指先がキーボードの上を忙しなく動き、
複雑なボカロ調声ソフトの画面が、
彼の集中力を映し出していた。
時には深夜まで作業が及び、
疲労困憊の顔で「これでいけるはずだ」と呟くこともあった。
完璧を求める彼の姿勢は、
奏にとって、常に尊敬の対象だった。
「この息継ぎの間、もう少し短くできるか?」
「うん。そこは、キャラの焦りを表現するために、あえて詰めるんだ」
二人の間には、言葉を交わさずとも通じ合う、
研ぎ澄まされた共同作業のリズムがあった。
奏は、プレゼン資料の原稿を読み込み、
祖母に語りかけるような温かい言葉、
審査員に響くであろうビジネス的な視点、
[cite_start]その両方を織り交ぜる練習を繰り返した [cite: 7]。
[cite_start]セリフの間に、一呼吸の間を置く [cite: 7]。
[cite_start]視線をどこに送るか [cite: 7]。
[cite_start]指先の動き一つまで意識する [cite: 7]。
まるで、舞台役者のように、
[cite_start]何度も何度もリハーサルを重ねた [cite: 7]。
不安と期待が入り混じる毎日が続いた。
部室のホワイトボードには、
「笑顔」「間」「目線」といった文字が、
[cite_start]赤と青のペンで書き込まれていた [cite: 7]。
二人の顔は、疲労で少し青ざめているが、
[cite_start]その瞳の奥には、確かな光が宿っている [cite: 7]。
彼らは、自分たちのアイデアが、
どれだけ世の中に必要とされているかを信じていた。
奏は、プレゼンの練習中、
時折、悠斗のほうをちらりと見た。
彼の真剣な横顔を見るたびに、
「ああ、この人と一緒にここまで来れたんだ」という
喜びと、少しの照れくささが胸に広がる。
プレゼンテーション当日。
会場となる集英社の大ホールは、
[cite_start]想像以上に広く、威厳があった [cite: 7]。
高い天井にはシャンデリアが輝き、
客席には、出版社やメディア関係者、
[cite_start]そして業界の重鎮たちがずらりと並んでいた [cite: 7]。
多くの聴衆のざわめきが、
[cite_start]二人の緊張感をさらに高める [cite: 7]。
[cite_start]控室で、奏と悠斗は最後の資料チェックを行う [cite: 7]。
息をのむような静けさの中、
[cite_start]互いの視線が交錯する [cite: 7]。
「…大丈夫。ここまで来たんだから。」
[cite_start]悠斗が静かに言った [cite: 7]。
彼の声は、普段よりも少しだけ低く、
しかし確かな響きを持っていた。
奏は、こくっと頷き、
[cite_start]震える手でマイクを握りしめた [cite: 7]。
[cite_start]その手が、緊張でじんわりと汗ばむ [cite: 7]。
心臓が、まるでマラソンを走り終えたかのように激しく鼓動していた。
隣に立つ悠斗のスーツ姿が、
普段の制服姿とは違い、
やけに大人びて見えて、
奏は思わずドキリとした。
彼の腕が、すぐそこにある。
触れてしまいそうで、緊張感がさらに増した。
[cite_start]悠斗の指先が、テーブルの上に置かれた奏の手に、そっと触れた [cite: 7]。
ひんやりとした指先が、奏の火照った肌に心地よかった。
次の瞬間、奏の指が、まるで吸い寄せられるように、悠斗の指を握り返す。
[cite_start]二人の手は、緊張と期待の中で、無意識に、強く結ばれた [cite: 7]。
[cite_start]言葉はなかったが、その温もりが、互いの不安を静かに溶かしていくようだった [cite: 7]。
握られた手のひらから、二人の間に確かな絆が流れ込む。
[cite_start]それは、世界で二人だけの秘密が生まれたようだった [cite: 7]。
肌と肌が触れ合うことで、
精神的な支えが、より強固なものになるのを感じた。
それは、コンテストの舞台裏で起こった、小さな奇跡だった。
悠斗の視線が、一瞬だけ、
奏の手元に落ちたのを、奏は確かに感じた。
だけど、彼は何も言わず、
ただ静かにその手を握り返していてくれた。
その優しさに、奏の胸はキュンと締め付けられた。
舞台裏から、スタッフの声が聞こえる。
「リボンドリームボイスチーム、
どうぞ、ステージへ!」
いよいよ、夢を語る舞台の幕が、
[cite_start]静かに開かれるのだった [cite: 7]。
大ホールのステージに、スポットライトが当たる。
[cite_start]まばゆい光の中に、奏と悠斗が立つ [cite: 7]。
客席は、出版社やメディア関係者、
[cite_start]そして業界の重鎮たちで埋め尽くされていた [cite: 7]。
張り詰めた空気の中、
[cite_start]奏は深呼吸をして、マイクを口元に近づけた [cite: 7]。
その手は、まだわずかに震えていたが、
[cite_start]瞳の奥には、揺るぎない決意の光が宿っていた [cite: 7]。
客席からの視線が、針のように肌を刺す。
[cite_start]それでも、奏は真っ直ぐに前を見据えた [cite: 7]。
深呼吸をして、心の奥底から言葉を紡ぎ出す。
「皆さん、こんにちは。『リボンドリームボイス』チームの星野奏です。」
彼女の声は、緊張しながらも、
[cite_start]会場にしっかりと響き渡った [cite: 7]。
その声には、祖母への深い愛情と、
[cite_start]漫画への情熱が込められていた [cite: 7]。
「私は幼い頃から、少女漫画雑誌『リボン』に夢中でした。
ページをめくるたびに、登場人物たちの感情が、
私の心に直接語りかけてくるようでした。
しかし、私の祖母は、文字を追うのが辛いほどの弱視となり、
[cite_start]大好きな漫画を読むことが難しくなりました [cite: 7]。
市販の朗読サービスやオーディオブックでは、
漫画特有の『コマ間の心の間』や、
登場人物の繊細な口調のニュアンスが伝わらず、
[cite_start]祖母は物足りないと寂しそうに語っていました [cite: 7]。」
奏は、祖母のエピソードを語ることで、
[cite_start]聴衆の共感を誘った [cite: 7]。
彼女の言葉には、個人的な体験から生まれた
[cite_start]切実な願いが込められていた [cite: 7]。
祖母が漫画を読めなくなった時の、
あの悲しそうな顔を思い出す。
そして、「耳で聴く漫画」を試した時の、
あの輝くような笑顔を。
「私たちは、この課題を解決し、
視覚にハンデを持つ方々、
そして、漫画を愛するすべての人々に、
[cite_start]再び漫画の感動を届けたいと願っています [cite: 7]。
それが、私たちが提案する
[cite_start]『リボンドリームボイス』です [cite: 7]。」
スライドが切り替わり、
[cite_start]「リボンドリームボイス」のロゴが映し出される [cite: 7]。
[cite_start]奏の瞳は、未来への希望に輝いていた [cite: 7]。
続いて、悠斗が前に出る。
彼の表情は、奏とは対照的に、
[cite_start]冷静で落ち着いていた [cite: 7]。
[cite_start]マイクを握る手は、微動だにしない [cite: 7]。
「田中悠斗です。
私たちは、VOCALOIDの音声合成技術を
[cite_start]活用することで、この夢を実現します [cite: 7]。
既存のボイスドラマやオーディオブックでは、
声優さんのスケジュールやコストの問題から、
[cite_start]全ての漫画を音声化することは困難でした [cite: 7]。」
悠斗は、具体的な数字を交えながら、
[cite_start]ボカロ技術の優位性を説明する [cite: 7]。
[cite_start]彼の声は、論理的で明瞭だった [cite: 7]。
「例えば、一般的な声優による
ボイスドラマ制作と比較して、
ボカロを活用することで、
[cite_start]制作コストを約80%削減することが可能です [cite: 7]。
これは、制作費の膨大さから
これまで実現が難しかった
全作品の音声化を現実にする、
[cite_start]画期的な突破口となります [cite: 7]。」
「そして、このコスト優位性の鍵となるのが、
ボカロの『行状』(定型的な振る舞い)です。」
[cite_start]悠斗は、スライドに表示されたグラフを指差した [cite: 7]。
「私たちは、ボカロの感情表現を
『過度な起伏を抑え、安定した品質』にすることで、
[cite_start]調声(ちょうしょう)の工数を大幅に削減できます [cite: 7]。
全てのコマの全てのセリフに、
プロの声優のような微細な演技を
求めるのではなく、
読者が『読む』ことを前提とした、
物語が伝わる最低限の『感情の型』に
[cite_start]ボカロの表現を標準化するのです [cite: 7]。」
「これにより、制作単価を極限まで抑え、
[cite_start]より多くの作品を音声化する基盤を築きます [cite: 7]。」
スライドには、
ボカロ音声合成のフローチャートや、
[cite_start]コスト比較のグラフが分かりやすく表示される [cite: 7]。
悠斗の説明は、
専門的でありながらも明瞭で、
[cite_start]聴衆は真剣な表情で耳を傾けていた [cite: 7]。
中には、腕を組み、
[cite_start]深く考えている様子の審査員もいる [cite: 7]。
「私たちは、単に漫画を読み上げるだけでなく、
漫画のコマ割りや演出に合わせて、
ボカロの音声に『行状』をつけた上で感情の起伏をつけ、
効果音やBGMを組み合わせることで、
読者がまるで漫画の中にいるかのような、
[cite_start]没入感のある体験を提供します [cite: 7]。」
[cite_start]悠斗は、デモPVの再生準備に入る [cite: 7]。
会場の照明が落とされ、
[cite_start]スクリーンに映像が映し出される [cite: 7]。
彼らが丹精込めて作り上げた
[cite_start]「リボンドリームボイス」のデモンストレーション映像だ [cite: 7]。
ボカロによって感情豊かに読み上げられた
[cite_start]漫画のセリフが、会場に響き渡る [cite: 7]。
登場人物の息づかい、心の揺れ、
そして物語のクライマックスでの感情の爆発。
無機質なはずのボカロの声が、
まるで生きているかのように、
聴衆の心に語りかけてくる。
会場は静まり返り、
[cite_start]誰もがスクリーンに釘付けになっていた [cite: 7]。
その映像は、
奏の祖母が涙した、あの感動を、
この大ホールの聴衆にも、
[cite_start]確かに伝えていた [cite: 7]。
プレゼンテーションは、まだ始まったばかりだ。
スクリーンに映し出されたボカロの声優による
漫画の読み上げは、
予想をはるかに超える表現力で、
聴衆の心を掴んだ。
登場人物の感情の機微が、
ボカロの繊細な声の強弱や、
間の取り方によって見事に表現され、
まるでその場に声優がいるかのような錯覚を覚えるほどだった。
特に、ヒロインが焦りながら会話に持ち込むシーンでは、
ボカロの震えるような声が、
読者の心を揺さぶった。
場の空気が、感動で震えているのがわかった。
奏は、隣に立つ悠斗の横顔をちらりと見た。
彼の目もまた、スクリーンに釘付けになっていたが、
その口元には、わずかな達成感が浮かんでいるように見えた。
二人の努力が、
今、まさに結実しようとしている。
そう感じた瞬間、奏の胸は、
希望と、彼への感謝の気持ちでいっぱいになった。
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