第5話:ビジネス仕様策定、プレゼン資料最終化

「リボンドリームボイス」のビジネス企画立案は、

まさに試行錯誤の連続だった。

奏と悠斗は、

コンテストでのプレゼンテーションに向け、

PowerPoint資料の作成に没頭する日々を送っていた。

放課後の部室は、

彼らにとって、まるで秘密基地のようだった。

壁一面のホワイトボードには、

アイデアの断片を示すフローチャートや

数字の羅列がびっしりと書き込まれている。

床には、広げられた市場調査のレポートや、

他社のサービス資料、

飲み終えたペットボトル、

コンビニの袋が散乱していた。


蛍光灯の光が、二人の真剣な顔を照らす。

キーボードを叩く音と、

ペンが紙を擦る音だけが、

静かな部室に響き渡る。

窓の外では、日が傾き始め、

空が淡いオレンジ色に染まりつつあった。

時折、校庭から聞こえる運動部の掛け声が、

遠い世界のことのように感じられた。


悠斗は、PCの画面とにらめっこし、

サービスの全体像を構築していた。

彼が担当するのは、

サービスが大規模展開された際のシステム設計や、

音声合成エンジンの最適な活用方法、

データ管理の仕様といった、

技術的な実現可能性の考案だ。

ディスプレイには、

複雑なデータベースの構造案や、

高速な音声配信を可能にするためのサーバー構成図のメモが広がる。

それは、彼がこれまで培ってきた

技術的な知識の全てを注ぎ込む、

骨の折れる作業だった。


頭を抱え、深く大きなため息をつくことも少なくない。

膨大な情報をどう整理し、

分かりやすく伝えるか。

技術的な正確さと、

プレゼン資料としての簡潔さのバランスに、

悠斗は深く悩んでいた。

彼の脳内では、何本もの思考の糸が絡み合い、

それを一つにまとめようとしていた。

特に、ボカロの「行状」という概念を、

ビジネスサイドの人間にも理解できるように説明するのには苦労した。

彼は、専門用語を避け、

具体的な比喩や例え話を交えながら、

どうすれば分かりやすく伝えられるか、

何度も言葉を練り直した。


一方、奏は、その技術を読者にどう届け、

どのような感動体験を生み出すかという視点で、

企画を練り上げていた。

彼女のノートには、

魅力的なキャッチフレーズの候補や、

サービス画面のラフスケッチ、

どのデモPVシーンをプレゼンに使うか、

その際どうすれば読者の心を掴めるかといった、

「編集者目線での企画仕様」が

びっしりと書き込まれている。


漫画のコマ割り、キャラクターの心情変化、

読者がページをめくるタイミングでの感情の揺れ。

それらをボカロの音声でどう表現するか、

具体的なシナリオやディレクションの方針をまとめ、

資料に落とし込んでいく。

「この見出しなら、読者の心が躍るはず!」

彼女は資料の言葉一つ一つに、魂を込めた。

プレゼンでの語り方や、

聴衆の反応を想定しながら、

何度もシミュレーションを繰り返す。

聴衆の表情を思い浮かべ、

声のトーンまで練習した。


彼女は、祖母が漫画を読めなくなった悲しみと、

「耳で聴く漫画」で再び喜びを取り戻した姿を思い出し、

その感動を多くの人と分かち合いたいという一心で取り組んでいた。

そのため、デモPVでどのシーンを選ぶか、

どのようなナレーションを加えるか、

そして、ボカロの声をどのように「感情豊か」に調整するか、

といった点に、彼女の情熱が注ぎ込まれた。


二人が最も苦心したのは、

この革新的なアイデアを、

出版社のビジネスとして

いかに成立させるかという「仕様」を

具体的に話し合い、言語化することだった。

机の上にはPowerPointの資料作成画面が広がり、

真っ白なスライドに、文字が埋められていく。

彼らは夜遅くまで、

互いの専門知識と感性をぶつけ合った。

時に、どちらかが徹夜で書いた草稿を、

もう一方が容赦なく修正することもあった。


まず、「月額料金の段階設定」の仕様だ。

「ライトプランは、ワンコインで気軽に試せるように、

月額480円で2作品まで聴き放題はどう?」

奏が提案した。

悠斗が即座に異を唱える。

「安すぎても利益が出ない。

高すぎたらユーザーが来ない。

電子コミックとかボイスドラマの月額は、

だいたい〇〇円から〇〇円円くらいだ。

学生の平均小遣いも考慮すると、

最初のハードルは低い方がいい。

だが、プレミアムプランへの誘導も重要だ。

『リボン』の読者層を考えたら、

どの価格帯が一番響くか、もっと詰めるべきだ。」

二人は、数字と読者心理の狭間で、何度も話し合った。


深夜の部室に、

電卓を叩く音だけが響き渡る。

数字の羅列が、頭の中を駆け巡る。

二人は、ターゲット層の年齢分布、

購買力、スマートフォン利用習慣など、

あらゆるデータを参照し、最適な価格帯を模索した。

時には、コンビニでお菓子を買い込み、

糖分を補給しながら、激論を交わすこともあった。


次に、「推し活ポイントの付与と報酬」の仕様だ。

「月額プランで推し活ポイントを付与するとして、

どのプランから付与する?

ポイントはどのくらいのレートで?」

悠斗が問う。

「スタンダードプラン以上で、ポイントのレートに

差をつけるのはどうだろう。

そして、目標ポイント達成で声優化するシーンは、

どのくらいの尺なら採算が合う?」

奏は、頭を抱えながら、様々な案を出した。


「例えば、30秒の告白シーンなら、

推し活ポイントの目標は5,000pt(5,000円)で設定できる。

それで売上5万円見込めれば、

制作費は十分回収可能だ。」

悠斗が試算を示す。

「じゃあ、この告白シーンを声優化させるために、

読者がどれだけポイントを注ぎ込んでくれるか……!」

奏の目が輝く。


彼らは、電卓を叩き、

何枚もの収益シミュレーションを書き出し、

グラフを作成した。

机の上には、鉛筆の削りカスが散らばっていた。

理想と現実の数字の間で、

彼らは何度も妥協点を探った。

読者が自らコンテンツを「育てる」という参加型の要素は、

現代のファンビジネスにおいて非常に重要だと悠斗は力説した。


「それじゃダメなんだよ!」

奏が、声を上ずらせて机に身を乗り出した。

悠斗も思わず椅子を前に引き寄せ、

顔を近付けてくる。

「お前の理想はわかる。

でも現実の数字が伴わなきゃ、

この企画は絶対に通らない。」

二人の顔はいつの間にか、

吐息がかかるほど近くなっていた。


悠斗の目が、真剣に、

だけどどこか少し戸惑うように揺れる。

彼の頬が、わずかに赤く染まっているのが見えた。

「……っ」

奏は、ハッと我に返り、

勢いよく背を反らした。

心臓が痛いくらいに跳ねている。

思わず、胸元にそっと手を当てる。

その鼓動が、指先にも伝わってくるようだった。


「……ご、ごめん。つい、熱くなって。」

悠斗もバツが悪そうに視線をそらし、

咳払いをした。

彼の頬の赤みが、さらに濃くなった気がした。

「……いいよ。俺も、ちょっと言い過ぎた。」

二人の間に、少し気まずい沈黙が流れた。

けれどその空気は、どこか甘い熱を含んでいた。

机の上の資料が、二人の吐息でかすかに揺れた。

それは、二人の関係が、

今までとは違う、

新しい段階へと進み始めた瞬間だった。


細部にわたる「仕様」の議論は、

時には意見がぶつかり、

部室の空気が張り詰めることもあった。

疲労がピークに達すると、

小さなことで口論になることも。

「奏、このセリフの間だと、

次のコマに繋がらない。

漫画の呼吸を壊してる。

もっと溜めないと嘘くさくなるぞ。

読者はそんな安っぽい演出じゃ納得しない。」

悠斗が厳しく指摘した。


奏はハッと息をのみ、

ノートをぎゅっと握りしめる。

(そうか……。まだ、足りないんだ……。

私の感性だけじゃ、伝わらないんだ。)

悔しさと、自分の未熟さに、

胸が締め付けられるようだった。

瞳の奥が、熱くなるのを感じた。


しかし、悠斗の言葉はいつも的確で、

奏はそれを素直に受け入れ、

何度も修正を繰り返した。

そのたびに、企画書は鋭さを増していく。

ボカロのセリフ一つをとっても、

感情の乗せ方、間の取り方、

声のトーンの変化など、

細部にわたる調整が行われた。

二人の間には、確かな共同作業のリズムが生まれ、

互いへの信頼が深まっていった。

言葉にならない一体感が、部室の空気の中に満ちていた。


(夜遅く、教室に二人だけでプレゼン資料を詰めている場面)

外はもう、すっかり暗くなっていた。

校舎の窓の外には、星が瞬いている。

遠くで、夜間の警備員が巡回する音が微かに聞こえる。

部室の小さな空間に、

キーボードを叩く音だけが響く。

悠斗がふと、口を開いた。

彼の声は、少しだけ、疲れているようにも聞こえた。

「…でもさ、正直、ここまでやれると思わなかったよ。

お前のアイデアに俺、乗せられてばっかだな。」

奏は、黙って悠斗の横顔を見た。

ディスプレイの光が、彼の真剣な瞳を照らしている。


(この人、本当に真面目なんだな……。

私が諦めそうになっても、

いつも隣で支えてくれたのは悠斗くんだった。)

奏は少し戸惑いながらも、ふっと笑う。

「悠斗が本気で考えてくれるからだよ。

私、最初はただ…好きな漫画のことを、

もっと誰かに知ってほしくて…。」

彼女の言葉に、悠斗がちらりと目を向けた。

一瞬、視線が絡み合う。

短い沈黙が訪れる。


その短い沈黙は、

二人の間に流れる空気を、

わずかに変えた気がした。

居心地が悪くはない。

むしろ、温かい。

夜の静寂が、二人の吐息だけを際立たせる。

悠斗の視線は、再びPCの画面に戻っていた。


悠斗が、ふっと息を吐いた。

彼の視線は、再びPCの画面に戻っていた。

「…だから、こんなに必死になれたんだよ。

お前が本気だから。」

その言葉は、奏の胸の奥に、

温かい熱を灯した。

悠斗の言葉が、ただの友情ではない、

特別な響きを持っていることに、

奏の心臓は小さく跳ねた。

顔が熱くなるのを感じる。

奏は驚いたように目を瞬かせ、

それから視線を外し、少しだけ赤くなる。

悠斗もまた、慌てたように視線を逸らし、

PCの画面に目を戻した。

二人の間に、わずかな照れと、

新しい感情が芽生える。

部室の窓から見える夜景が、

二人の未来を静かに見守っているかのようだった。


しかし、奏の情熱的なビジョンと、

悠斗の現実的な思考が融合することで、

企画書は少しずつ具体的な形を帯びていった。

彼らの間には、この共同作業を通して

確かな信頼関係と絆が育まれていく。

日付が変わる頃には、

PowerPointの最終スライドが完成し、

二人は疲労と達成感に包まれていた。

この企画書が、彼らの夢を

現実にするための、最初の設計図となるのだ。

部室に朝日が差し込む頃には、

彼らの机の上には、

完成した企画書が静かに置かれていた。

その厚みが、二人の努力の証だった。

清々しい朝の光が、

彼らの新しいスタートを祝福しているようだった。

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