リボンドリームボイス-企画が通ったら恋も上手くいったみたい-
五平
第1話:コンテストの発表、夢への序章
放課後の教室は、
まだ昼間の熱気をわずかに残していた。
窓から差し込む夕陽が、
机に広げられた雑誌のページに、
オレンジ色の光の帯を描く。
遠くで、運動部の掛け声が聞こえる。
それは、奏には別世界の音のように響いた。
星野奏は、その光の中で、
最新号の『リボン』を
何度も何度も読み返していた。
新しい連載の始まり。
きらめく告白シーンの繊細な絵。
ページを繰るたび、
胸が甘く締め付けられるような、
切ない感動が押し寄せる。
そして、いつも最後にページをめくるのを
ためらってしまう、
大好きな漫画家の巻末コメント。
そこには、作品への愛情が
ぎゅっと詰まっていた。
一つ一つが、彼女の胸の奥で、
甘い音を奏でるようだった。
そのページを指でなぞるたび、
彼女の心は漫画の世界へと深く沈み込んだ。
まるで、自分がその物語の登場人物になったかのように。
奏は、小学校低学年の頃から
ずっと『リボン』を買い続けていた。
毎月、発売日が来るのが楽しみで、
カレンダーに赤丸をつけ、
学校から帰るとまっすぐに本屋へ駆け込んだ。
真新しい雑誌の匂いを嗅ぎ、
インクの香りが鼻腔をくすぐる。
表紙を飾る可愛らしいキャラクターたちを
眺めるだけで、心が浮き立つ。
ワクワクする気持ちが抑えきれない。
クラスの友達、例えば明るくておしゃべりな美咲や、
物静かだけど漫画の好みがぴったりの優奈と、
放課後に集まっては
「今月号の推しカプ最高だよね!
マジで尊すぎる!」
「あのヒーローの台詞、やばすぎ!
私、キュン死するかと思った!」なんて
言い合って、ページが擦り切れるほど読み込んだ。
時には意見が分かれて熱い議論になることもあったが、
それもまた楽しい時間だった。
漫画は、奏にとって、
いつだって最高の夢の世界であり、
現実の辛さから逃れられる、
大切な隠れ家のような存在だった。
そして、友達との絆を深める、
かけがえのない存在でもあった。
彼女の部屋の棚には、
創刊号からのバックナンバーがずらりと並び、
日に焼けて黄ばんだページもあれば、
新品のように白いページもある。
それは奏の歴史そのものでもあった。
けれど、奏の心の中には、
もう一つの「好き」があった。
それは、ボカロの歌う動画だ。
初めてインターネットでその声を聞いた時、
奏は衝撃を受けた。
それは、中学に入ってすぐの頃だった。
初めてヘッドホンから流れてきた、
人間では表現できない透明感のある歌声。
機械とは思えないほど感情を揺さぶる歌声に、
奏はあっという間に心を奪われた。
その日以来、彼女はボカロの虜になった。
毎日、新しいボカロ曲を探し、
お気に入りの歌い手を見つけては、
何度もリピートして聴いた。
通学中も、寝る前も、
いつもボカロの歌が彼女の隣にあった。
ボカロが感情豊かに響くことに、
彼女は並々ならぬ興味を抱いていた。
特別なプログラミング知識があったわけではないが、
「どうしてあんなに感情豊かな声が出せるのだろう?」
「どうやって、この無機質な音を
こんなにも感動的な歌に変えているのだろう?」
そんな疑問が尽きず、奏は夢中で
関連動画や解説サイトを見て回った。
ボカロの声が、まるで生きているかのように
歌い上げるたび、奏の胸は希望と興奮で満たされた。
それは、漫画がくれる夢とはまた違う、
テクノロジーが秘める無限の可能性を感じさせるものだった。
「ふぅ……」
読み終えた雑誌を閉じ、奏は小さく息を吐いた。
夕陽が窓の外へと沈み、教室は薄暗くなり始めていた。
漫画への深い愛情。
ボカロへの純粋な好奇心。
その二つが、彼女の中でぼんやりとした
輪郭を結び始めていた。
もし、『リボン』の漫画とボカロを組み合わせたら、
どんな新しいエンターテイメントが生まれるだろう?
ページをめくるたび、キャラクターの声が聞こえてきたら?
泣いているヒロインの、嗚咽が聞こえたら?
笑顔のヒーローの、優しい声が響いたら?
想像するだけで、胸が高鳴る。
まだ漠然とした夢でしかなかったが、
その可能性に、奏の胸はひっそりと高鳴っていた。
そのアイデアは、
まるで心の中に小さな火が灯ったようだった。
じんわりと、その火は熱を帯びていく。
翌朝の登校途中、奏は胸に熱い衝動を抱いていた。
前夜に書き留めたアイデアノートの重みが、
彼女の心を揺さぶる。
今日から、何かを始めなければ。
漠然とした期待が、足取りを軽くする。
そんな決意を胸に、ふと学園の掲示板に目をやった。
そこには、大々的に貼り出されたポスターがあった。
思わず足を止める。
色鮮やかなイラストが目を引く。
大手出版社、集栄社が主催する
「メディアミックスプロジェクトコンテスト」の
開催告知だった。
見慣れた『リボン』のロゴが大きくあしらわれている。
その瞬間の、心臓の跳ねるような高鳴りを、
奏は生涯忘れないだろう。
全身の血が、一気に熱くなるのを感じた。
「テーマ:漫画×音声×ボカロで新しいエンタメを創ろう」
その文字が、奏の目に飛び込んできた瞬間、
体中の血が沸騰するような熱さを感じた。
それは、まるで雷に打たれたような衝撃だった。
優勝チームには、
集栄社による企画の本格的な事業化と、
商業コンテンツとしての作品発表の機会が
与えられるという夢のような言葉が、
目に焼き付く。
まさに、自分が昨夜思い描いた夢と、
寸分違わぬテーマだった。
「すごい……こんなコンテストがあるなんて!」
しかし、喜びと同時に、現実の壁が立ちはだかる。
ボカロの知識はあっても、
実際に作品を作る技術はない。
プログラミングもできない。
どうすれば、この夢のような企画に
自分も参加できるのだろう?
胸を満たすのは、もどかしさ、そして歯がゆさだ。
ポスターの文字が、遠く、霞んで見えた。
まるで、手の届かない星を
見上げているような気分だった。
その場で、悔しさに唇を噛みしめた。
しかし、その悔しさこそが、
奏の心に火をつけた。
このコンテストが夢を実現する「受け皿」であると確信し、
奏は参加を決意するのです。
その決意は、夕焼けに染まる校舎に、
力強く響き渡るようだった。
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