第20話
「はい、あーん」
と、スプーンに乗ったケーキを差し出される。
「しかし、トワイライトさん……」
「はい、あーん」
口を開けるとスプーンが差し込まれて、仕方なくケーキを頬張った。
「偉いねえ」
満面の笑顔で頭を撫でられる。この人は人をなんだと思っているんだろう?
つなぎの作業服から桃色のドレスに着替え、その容姿はまばゆいほどだった。なんだか甘い香りも匂ってきて、ユウの意識を朦朧とさせた。
向かいにはリリアがいて、彼女がトワイライトを注意するのを願ったが、一向その気配がない。ぼうっとした視線を中空に向け、不意に降ろしてユウと視線を絡めて、顔から蒸気を出すほど真っ赤にすると慌てて立ち上がった。
「わわわわわたしはこれで……」
右手右足、左手左足、同時に出しながら、ぎこちなく歩いて食堂を出て行った。彼女のカップにはまだずいぶんとお茶が残っている。
娘の前で母親と仲睦まじくして平然としている居候を恥ずかしく思って逃げたんだと、ユウは絶望しかけたが、どうやら違うらしい。
「主人はね、ユウくんにお婿さんになってもらいたいみたい」
「おれに?」
「可愛いからねえ」
「可愛さで?」いつかジェシカに罵られた可愛さで? こんなところに需要があったか。
「主人はそうではないと思うけど。単純に、あなたの人間性ね」
ぱち、と大きな瞳がウインクする。
「フローデン侯とはそれほど話したこともございませんが」
一日三食を同席するくらいで、その間も侯爵は微笑んだまま他三人の会話に耳を傾けているのがほとんどだった。
「いったいどのあたりでおれに目をつけられたのか」
「ユウくんはディクルベルクでも、兵の間でもとっても人気だから。生活してるだけで人望を集められるって、よほどの人格よ。夫はそこに目を付けたのでしょう」
トワイライトは両手を胸に抱え、ユウの顔を覗き込んだ。小豆色の瞳を潤ませながら、
「わたしたちの養子になってくれる?」と憂い声で問いかけてくる。
「いや、しかし」とユウは身を引きつつ、「おれは一介の流れ者ですから」
「ウチの娘じゃご不満? 漏れなくわたしも付いてきちゃうけど」
「その方が嬉……」ゴホゴホとせき込み、「いえ、別に不満ではありませんが」
「むうう」と頬を膨らませる。「ユウくんは元の世界に帰りたいか」
「そういうわけではありませんけど」
「じゃあ、どういうわけ?」
殺さねばならない敵がいるから、とはちょっといえない。
「もっと広い世界を見てみたいからです」
などと、適当なことをいった。
トワイライトは長いまつ毛を仰がせて、
「ユウくんたら」と苦笑する。身を離して、元の位置に収まっていった。「ユウくんたら、男の子ね、やっぱり」
「そういうものでしょうか?」
「その無邪気さがね」
トワイライトは白磁のカップに真っ赤な唇を添えて、口中を湿らせていた。
「それじゃあ、広い世界を見たあとは、ここに戻ってあの子を助けてくれる?」
広い世界を見たあとは?
ユウは想像して、笑った。
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれないし。未来のことはわかりません。だから約束もできません」
「うふふ」とトワイライトも笑う。「そうかもしれないわね」
しかし、とユウは一人になって自問している。
季節な夏に差し掛かっている。中央荒野を渡ることができる時期だ。
「行くのか? おれは」
土漠を渡るには案内人がいるだろうが、それさえ雇い入れるか、帝都へ向かうキャラバンに同行するか。どちらにしても容易にできる。
「問題は……」
人の好意の作るぬるま湯に浸り、復讐という意気が霧散しかけていることだった。このままここに残り、リリアたちの手助けをして終生を全うしてもいいのではないか?
「やはり……」
人は復讐だけでは生きていけない。
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