静かな違和感

朝の光はいつもと変わらずカーテンの隙間から差し込んでいた。

けれど、何かが違った。


俺はリビングの時計を見る。7時15分。いつも通りの時間だ。

だが、妙に落ち着かない。心のどこかで、何かがずれている気がする。


台所に入ると、コーヒーメーカーの横に置いてあるはずのマグカップが一つ、見当たらなかった。

「おかしいな…」


妻がいつも使っている青いマグカップ。昨日の夜は確かにあったはずだ。

俺はスマホで写真を撮ったリビングの棚の映像を見返す。確かにそこに写っている。


「夢か?」そう思ってもう一度目をこすった。


その時、妻が部屋から出てきた。

「おはよう」と、いつもの笑顔で言う。だが、その笑顔の奥に見慣れない影があった。


「どうしたの?顔色悪いよ」


俺はただうなずき、マグカップのことを聞こうとした。

しかし、言葉がうまく出てこない。


食卓に着き、いつもの朝食が並んでいる。だが、トーストの焦げ目が昨日とは違っていた。

いつもは四隅がきれいに焼けているのに、今日は真ん中だけが焦げている。


違和感がどんどん積もっていく。


「ねえ、昨日は何時に寝たっけ?」俺は聞いてみた。

妻は少し首をかしげて答えた。

「いつも通りよ。あなたは?」


俺は答えられなかった。


部屋の窓から見える景色も、ほんの少しだけ色が違って見えた。

電信柱の影の角度が変わっている気がしてならない。


一日中、俺はその違和感と戦った。

まるで見えない何かに監視されているような、歪んだ世界に閉じ込められた気分だった。


夜、寝室のドアを閉めると、ふと妻がつぶやいた。

「あなた、疲れてるんじゃない?」


俺はベッドに横になり、目を閉じた。


すると、耳元でかすかな声がした。

「気づかないのね。ここは、ほんの少しだけ違う場所。」


目を開けると、部屋の隅にぼんやりとした影が立っていた。

それは、俺の知らない「日常」の住人のようだった。



日常の些細なズレが、気づけばすべてを覆い隠す。

俺はまだ、この「歪んだ日常」から抜け出せないままだった。

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