6-4 俺は姉と一緒にいたい

 姉の結婚式後の会食も終盤になって、俺はホテルのロビーでうだうだしていた。紗栄子もいないし、飯もなくなったし後は親族同士の温かい交流(笑)の時間だ。どうせ姉と話ができるわけでもないし、俺だけもう紗栄子みたいに帰っていいかな。


 早くみんな死なねえかなって思っていると、セーラー服を着たメガネのガキがレストランからちょろちょろ出てきた。誰だろう、寺崎家の縁者かな。ぼんやり見ていると、ガキは俺が座っている椅子の側に腰掛けてきた。何だよ、他に空いてる椅子あるんだからそっち座れよ。


「ねえ、君もこういう場所嫌いなの?」


 は?


「何だか、息が詰まるよね……私、こういうところ苦手で」


 俺はまじまじとガキを見つめた。制服を着ているあたりおそらく中学生だろうけど、多分一年くらいか。不細工かどうか以前に、どこもかしこもお子様すぎて話にならない。おめかしのつもりか、ツインテールに似合わない髪飾りを乗っけてやがる。率直に言って「地雷」って言葉がぴったり似合う。そんなガキだ。


「いいや、僕はちょっと休憩していただけだよ」

「嘘。ボクは見てたよ。ずっと逃げたかったんでしょ?」


 うぜええ! やめろ、俺に構うな! 多分そういうの承認欲求無限大の配信者とか相手にやったほうがいいぞ!! 初対面の生身の人間にそういうことを言うな!! ものすごく失礼だぞ!?


「あの、そういうのよくわからないんで失礼しますね」


 何か勘違いしているガキから俺は急いで距離をとった。そしてアサテツ先生が編集者から逃げるくらいのスピードでレストランの席に戻った。席に戻ったら戻ったで、俺のテーブルには紅茶が置かれていて、紗栄子がいなくなって元気になったババアが俺を待ち構えていた。よかった、ガキは追いかけてこなかった。


「陽一君、何なのあの紗栄子さんの態度はー!」


 やれやれ、今度はババアの相手か。俺は良い子の仮面をぎゅっと被り直して、老い先短そうな婆さんの話を真剣に聞くことにした。さっきの勘違いクソ地雷小娘に比べたら、ゲロとうんこの違いだけど俺はまだババアの悪口のほうが共感できるところもあるのでマシだと思った。畜生、今日はとことん疲れる日だ。そして紅茶を一口啜って、俺ははっとする。


 あれ、俺何やってるんだっけ……?


 そうだ、姉の結婚式だったんだ。ガキとかババアとか紗栄子の相手をしに来たんじゃないのに。一体結婚式って何がめでたいんだろうな。飯食って疲れるだけじゃん。やっぱり結婚式なんかいらないや。一体何が楽しいんだ、こんなのがさ。


 ババアの話を聞きまくって、正樹叔父さんとやらの息子、つまり俺の従兄弟とやらにもよそよそしく話しかけられ、俺は「はい」とか「あはは」とか、なんかよくわからない相槌を打ちまくって、その後会が終わった後にアサテツ先生と一緒に寺崎さんと何か喋って、それでふらふらになってその日は終わった。


 アサテツ先生はそれから打ち合わせとかで、俺はひとりで家に帰った。どっと疲れた俺は、スーツだけ丁寧に脱いだ後に空しくなって買い置きのカレー味のカップ麺を四つ作って一気に食べた。こういうのがいい、こういうのでいいんだよって何度も何度も自分に言い聞かせて、そのまま部屋に戻った。


 ベッドに横になると、風呂に入らないといけないとかせめて数学の解き直しくらいはやっておくべきではとか、玄関の鍵かけたっけとかあのガキ蹴っ飛ばせばよかったとか、いろんなことを考えてしまう。本当はそんなことを考えている場合ではないのだけど、今は姉のことは考えたくなかった。だからと言って、自分のことも考えたくなかった。


 ああ、このまま死にてえって思いながら俺はそのまま眠ってしまった。その夜はろくでもないくらいエロい夢を見た。夕日が射し込む部屋で何故か身動きがとれない俺の上に裸の姉が乗って、いろいろしてくれた。すごくエロいんだけど、何だか懐かしい感じもした。夢の中なので何の話をしているのかはわからなかったけど、姉が涙声なのがかなりエロかった。そして目が覚めて、やっぱり俺は死んだ方がいいのかもしれないなと鬱になった。


***


 結婚式が終わった次の週、いろいろと真っ白になってる俺が家に帰ると玄関までいい匂いがしてきた。そして奥から、姉が笑顔で出てきた。


「おかえり!」


 嘘だろ、もう帰ってこないんじゃなかったのか?


「どうしたのその顔。今日はコウさん夜勤だから、ようちゃんのご飯作りに来ちゃった」

「来ちゃった、じゃないだろ!」


 あまりのことに、俺の頭はぐちゃぐちゃになった。もう二度と姉に触れないって思っていたのに。気がついたら姉の胸の中に飛び込んでいた。


「馬鹿、馬鹿、勝手にお嫁なんかに行って、許さないからな」

「ようちゃんが許さなくても、私はずっとようちゃんを許してあげるよ」


 姉の手が柔らかく俺の頭を包む。よかった、本当によかった。姉は俺のことを見捨てたわけじゃなかったんだ。俺はぎゅーっと姉を抱きしめた。


「じゃあ、俺もみーちゃんを許す!」


 ああ、もうどうでもいいや。どうせ誰も見てないし、みーちゃんも俺のことを受け入れてくれる。俺はみーちゃんの唇に思い切り吸い付いた。寺崎さんは日和ったのか、結婚式は誓いのハグとかで誤魔化していた。俺は違う。みーちゃんとずっと一緒にいたい。だからキスをする。ずっとずっとキスをする。大好きだから、みーちゃんのことが大好きだから。


「もう、そういうのはご飯食べてから、ね」


 みーちゃんは俺のことを受け入れてくれる。結婚しても、みーちゃんはみーちゃんだった。そのことが嬉しくて嬉しくて、急に俺は元気になった。ああ、生きていてよかった!!


***


 その日からも、姉はちょくちょく遊びに来てくれた。姉がいてくれるおかげで、俺は生きる気力が戻ってきた。でも、やっぱり人妻になった姉は以前よりも来てくれる回数が減った。そこで俺は代わりに志乃を抱くようになった。


 志乃は俺好みの女になるようにいろいろ仕込んだつもりだ。勉強の名目で俺の家にやってくる志乃はどんどんビッチになって、志乃の方から俺の家に来ていいか尋ねてくるまでになった。一応学校の宿題くらいは一緒にやって、そして俺は志乃を犯す。志乃はラブラブエッチをしているつもりらしいけど、俺としてはそんなものをくれてやってるつもりは一切ない。


 学校では優等生、志乃からは格好いい彼氏。さて、俺はこの後どうすればいいんだろう。姉と暮らすのは不可能だとすると、俺にはどういう末路が相応しいんだろう。ぼんやりしているうちに年が暮れて明けて年度が替わって、俺は三年生になった。いよいよ進路を本格的に決めなくてはいけない。後回しにしてきた未来の選択が目の前に迫ってきて、ますます俺は姉を必要としていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る