第7話 応援してるから
「……小宮さんの好きな女の子って……どんな子なのですか?」
「頑張り屋さんでさ、宇宙飛行士になりたいっていう夢を叶えるために毎日めちゃくちゃ勉強してる。目標に向かってブレずに真っ直ぐなところを尊敬しているし、そういうところが好きなんだ」
「……いつから、恋をしているのですか?」
「小学校五年生のときかな」
「すごい……一途ですね……」
そういえば、楓先輩も俺の恋に驚いていた気がする。むしろ年々詩子への想いが強くなるばかりなんだけど、驚く要素なんてあるのか?
「千紗都、本当に応募するのか? 宗佑の無責任な言葉に乗せられると泣きをみるぞ?」
呆れた顔をしながら堤さんの肩を叩く侑里に、ムッとする。
「侑里は俺を落とす発言が好きだよな」
「事実だろ? 宗佑にできることが誰にでもできると思うなよ?」
「お前がそれを言うのか? ったく……堤さん、侑里の言うことは気にしないで。とにかく捻くれた奴だから」
俺と侑里のやり取りを見ていた堤さんは、「あ、あの!」と大きな声を出して俺たちの注目をその身に集めた。
「あの! わ、わたし、新しい漫画を描いて、応募してみます!」
予想の斜め上の宣言に、俺も侑里も驚いて顔を見合わせた。
こんなに早くチャレンジしてみる気になってくれたのが意外だった。もしかしたら堤さんって、俺が今まで出会ってきた人の中でもかなりアクティブなほうなのか?
「どこの漫画賞に出すの?」
「もちろん、南條先生のいらっしゃる『ウィズラブ』です!」
彼女の急な心境の変化に驚きつつも、夢に向かって前向きに行動する人は絶対に応援したいし、応援しない理由なんて一つもない。
「頑張ってね。俺、北海道から応援してるから」
「はい! で、ですから、その……小宮さん! 侑里さん! れ……連絡先を交換しませんか? それで……は、話を聞いてほしいときに、時々メッセージを送ってもいいですか?」
「うん、いいよ。あ、ちなみに侑里の返信率には期待しないほうがいいぞ。返ってこないことなんてザラにあるし、なんならスマホを持ち歩かないことばっかりだから」
緊急時に必要だから持ち歩けと何度も言っているのに、「監視されているみたいで嫌だ」とかいう意味わからん理由で侑里はスマホを嫌う。
そのせいで俺や侑里のご両親は何度世話を焼いたか……って、この愚痴は今は置いておこう。
「……いや、私は交換しない。宗佑だけでいいだろ」
「はあ? なんでだよ」
俺をじっと見ていた侑里は、溜息を吐いてから目を逸らした。
「面倒くさいから。いろいろと」
「面倒ってお前……」
どうして人の気持ちを考えてやれないのかと説教しようと思ったが、堤さんが寂しそうな顔で「無理にとは言わないので……」と言ったので口を閉ざした。
「でも応援はしてる。千紗都、お前が出そうとしているその賞って締め切りはいつ?」
「あ、えーっと……今、調べてみますね」
堤さんはスマホを取り出した。
「『ウィズラブ漫画新人賞』は年に二回あって、直近の締め切りが八月末なのであと一ヵ月ちょっとありますね。全然時間が足りません……が、絶対に応募します! それで、受賞しますから!」
やる気と自信に満ちた彼女の挑戦に、俺まで刺激をもらえる気がした。
「そっか。じゃあ、良い報告を待ってるよ」
「はい!」
堤さんは出会ってから一番の、溌剌とした笑顔を見せた。
その後、堤さんが夕食の手配で少し外した。
広すぎるリビングルームで侑里とふたりきりになった瞬間、隣に座っていた侑里に俺はデコピンを食らった。
あまりにも不意打ちかつ、理不尽な暴力だ。この時代に許されるのだろうか。
「いっっって! 何すんだよ⁉」
「宗佑、お前……どう責任取るんだよ」
「はあ? 堤さんが夢に正直になれて、行動しようとしているのはいいことじゃねえか」
不機嫌な表情を隠さずに侑里は、盛大な溜息を吐いた。
「……そっちじゃない。知らないからな」
それ以上尋ねても侑里は答えようとはしなかった。
もう何をしても侑里が喋らないことを長年の付き合いで知っている俺は、諦めて壁に飾られている堤慎吾の自信作を眺めた。
東京にこんな豪邸を建てられて、あちこちで個展を開いたり講義に呼ばれるくらい画家として成功している人の絵をこんなに間近で見ても、俺は。
柏崎侑里の絵のほうが、好きだ。
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