第7話 それでもきっと、俺は

 朝がやって来た。昨夜は遅くまでお喋りしてしまい寝不足の俺たちだったが、今日は朝から予定を入れているので早起きしなければならなかった。


 そうなると俺の心に一抹の不安が生じる。侑里の寝起きの悪さは折り紙付きだ。ちょっとやそっとじゃ起きないあいつを起こすために、気合いを入れる必要がある。


 とっくに起きてメイクを済ませている先輩に寝室に入る許可をもらってから、俺は先輩のベッドの上で熟睡している侑里に声をかけた。


「侑里、起きろ。いつまで寝てんだよ」


「……んー……」


「先輩も仕事があるんだからダラダラしていられないぞ。早く身支度しろ」


「……ん」


 体を起こした侑里だったが、瞼は開いていない。嫌な予感がする。


「……んー…………」


「こら、寝んな」


 布団のなかに戻ろうとする侑里の腕を掴んで、倒れないように支える。


 それからうだうだと同じようなやり取りを経て、ようやくあいつを布団から脱出させることに成功した。


「ったく、あいつは……」


 寝ぼけまなこを擦りながら洗面所に向かう侑里に溜息を吐いていると、


「……宗佑ってさ、侑里の寝顔とか寝起きの姿とか見ても、何も思わないの?」


 どうやらじっと俺たちの様子を見ていたらしい先輩が、小首を傾げた。


「へ? はい。だって侑里ですよ?」


「……そりゃ、女の子を見る目も厳しくなるか」


 一人で納得したように息を吐く先輩の発言の意図がわからなくて、俺もまた首を捻る。


「なんですか? 気になるんですけど」


「別に? 目が肥えちゃって大変そうだなって思っただけ。あたしがこんなにアプローチかけても宗佑が靡かないのって、ただ詩子ちゃんに一途なだけじゃなくて、侑里の影響も大きそうだよね」


「詩子はともかく侑里は関係なくないですか? それに、俺が今まで見てきた女の人の中で一番綺麗だと思っているのは間違いなく楓先輩ですよ」


 本心を素直に伝えると、先輩は慌てたように何かを言いかけてから、小さく息を吐いた。


「……ところで、詩子ちゃんとはどうなってるの?」


「連絡は取り合っていますよ。会えてはいないですけど」


「そっか。……今でも詩子ちゃんのことは、好きなんだよね?」


「はい、好きです」


 先輩は口元に笑みを湛えながら、


「いろんなところでハードモードな恋を選んじゃったな、あたし。……宗佑と出会うのが、もう少し早かったらな」


「先輩?」


「なんでもなーい。あたし、まだ準備が途中だから」


 それ以上何も言わずに、先輩は自室に戻ってしまった。


 先輩の気持ちを知っていながら応えられないことに、罪悪感はある。


 もし詩子よりも先に先輩と出会っていたなら、と想像してみたことは俺にもあるけれど……それでもきっと、俺は詩子を好きになると思う。


 だから……ごめん、先輩。


「宗佑ー、昨日買った私の歯ブラシって何色だったっけ?」


「水色。っていうか侑里、お前まだ顔も洗ってないだろ! 時間ないんだから急げって!」


 その後、俺が侑里を急かしながら支度させたのは言うまでもない。

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