第7章:わたしは、ここにいる
夜風が静かに吹く。
都会の空は、星の数こそ少ないけれど、どこか澄んでいた。
マンションのベランダに立つつばきは、白い部屋着のまま空を見上げていた。
まなは寝ている。なつきはキッチンで片付けをしている。
この時間だけが、つばきにとってひとりきりの沈黙だった。
[……まなちゃん、ほんとうに……楽しんでくれてるのかしら]
[自分の欲だけで……無理をさせてるんじゃないかって……ときどき、思うのよ]
口に出さずとも、胸の内は静かに疼いていた。
まなの笑顔は、可愛い。撮られる姿も理想そのもの。
だけど、それが“まな自身”の気持ちから生まれたものかどうか、自信がなかった。
数日後、なつきはリビングのソファでまなと向かい合っていた。
ティーカップを手に、ふと問いかける。
「まなちゃん、本当は……嫌だったりしない?」
まなは小さく目を見開いた。
「わたしたち……けっこう強引やっだったから。気づかないうちに、傷つけたり……してないかなって」
{主様のあの全力が、まなちゃんを遠ざけたら……それだけが、ちょっと怖い}
その夜。
洗面所の鏡の前で、まなは顔を洗いながら、ぽつりと呟いた。
(うち、ほんまは、どう思ってたんやろ)
(怖かったんもある。こんな世界、見たことなかったし)
(けど……)
鏡に映る自分は、少しだけ大人びていた。
(あのとき、先輩の部屋に連れて行かれたんが……正解やったんかもしれへん)
撮影の日、午後の日差しがやわらかく差し込む部屋。
白を基調にしたブースで、まなはふんわりとしたクラシカルロリィタドレスに身を包んでいた。
つばきが、少し離れた場所でカメラの設定をいじっている。
表情は真剣だった。
――けれど、どこか、寂しそうにも見えた。
(……あの顔、あかん)
(あんな顔させたらあかん)
ドレスの裾をひらりと舞わせ、まなはつばきの背中へと歩いていった。
無言のまま、そっと背中に手を回す。抱きしめる。
つばきが、はっとして振り返る。
まなは、見上げたまま囁いた。
「わたしは、どこにも行かへんよ」
その言葉に、つばきの瞳が揺れる。
[……まなちゃん……]
腕の中で、まなの小さな体がぴたりと寄り添った。
「恋とか、憧れとか、そんなんちゃう。うちは、あの人たちの生活の中におりたい」
(……なんでか、泣きそうや)
「ずっとここにおっていいなら……それで、ええんや」
つばきの目元から、すっと涙が伝う。
なつきも、そっとカメラを下ろして言った。
{ほんまに……よう来てくれたな、まなちゃん}
その日、三人は、ただただ長く、優しく抱き合った。
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