山陰街道

 石見銀山とバイクを停めた石見銀山世界遺産センターまでは距離があるからバスで移動なんだ。歩いても行けるけど三十分ぐらいかかるらしい。バスに乗ってもしばらくはコータローの憤慨は収まらなかったのだけど、着くころには落ち着いて来て、


「ここも見とこ」


 世界遺産センターの見学だ。行きしなはバスがちょうど来たから後回しにしてたんだよね。ここは石見銀山の歴史とかの展示がしてあるところぐらいかな。悪夢のような騒動があった石見銀山の見学が終わったから、国道九号に戻り西へ、西へ。途中で浜田も通ったのだけど


「浜田城はパスでエエわ」


 歴史キチガイのコータローにしたら珍しいと思ったけど、あんまり浜田藩とか浜田城はおもしろくないのだとか。石見も戦国時代から関ヶ原まで毛利氏の領地だったのだけど、関ヶ原の結果、毛利氏が山口県だけになってしまって出来た藩らしい。だいたい五万石から六万石ぐらいって・・・どれぐらいだ。


「刃傷松の廊下をやらかした播州浅野家が五万石ぐらいや」


 あんまり大きくないのか。ついでに言えば明石藩もそれぐらいの事が多かったとか、なんとか。浜田藩も五代ぐらいでぐるぐると家が変わり、幕末の時は五つ目だってさ。その最後の浜田藩主だけど、これまた養子なのだけど、


「最後の将軍慶喜の弟や」


 浜田藩が歴史の表舞台に登場した最初で最後だったとしてるけど、幕末も押し詰まった時に長州征伐が行われたのは知ってるよ。この二回目の長州征伐の時に毛利に攻め込もうとしたそうだけど、大村益次郎が指揮する長州軍にまさに連戦連敗。


「長州軍が浜田まで攻め寄せて来た時に城を焼いて逃げてもた」


 なんつう情けない。江戸時代にも百七十ぐらいお城があったそうだけど、まともに戦った城は数えるほどしかないそう。さすがに時代遅れになってたのか。


「そんなことあるかい。会津若松城かってあれだけ砲撃されまくってやっと落ちたぐらいやし、西南戦争の時の熊本城は落ちてへんやんか」


 熊本城はそうだった。ただコータローに言わせると籠城戦を選ぶには、城主に余ほどの統率力が必要だったんじゃないかって。城と言う防御専用施設に籠るのは有利そうだけど、


「籠城戦って、どないしたら勝ちになるか考えてみいや」


 籠城戦で勝つって・・・そっか攻める方があきらめて帰るまで続くのか。コータローに言わせるとそういう籠城戦もあるけど、近いうちに援軍の期待があるのも大きな要素だって。でもさぁ、千草たちの故郷のお城だって、


「あん時は毛利の大軍が来てくれて、秀吉軍を粉砕してくれるって信じとったから籠城してるわ」


 待てど暮らせど来てくれなかったから、二年近く頑張ったのに開城してるのか。第二次長州征伐の時の浜田城は、


「あれはあれで幕府は助かったんちゃうか」


 第二次長州征伐は幕府軍が負け続けてるのだけど、もし浜田城が頑張ったりしたら幕府として見殺しに出来ないってことか。


「それも徳川一門の藩主を見捨てたとなったら面子は丸つぶれや」


 なるほどね。そんな名誉ある城で歴史ロマンを楽しめないって事で良さそう。浜田から益田までは国道九号は海岸線沿いを走っていたのだけど、ここからは山の中になるみたい。


「これは江戸時代の山陰街道でエエはずや」


 古代山陰道は、


「これがはっきりせんとこが多いんやが・・・」


 まず石見の国府は浜田にあって、延喜式にある伊甘駅もそのあたりにあったはずってなってるそう。ただその次の小川駅が問題みたいで、これは長門にあるのだけど、なんか五十キロも離れているんだってさ。


 駅家の間隔ってだいたいだけど十六キロぐらいらしくて、五十キロも開くのはおかしいらしいんだ。駅家の存在の根拠は延喜式ぐらいが多いそうだけど、延喜式が書かれた時代ですら記録されなかったと見るらしい。


 古代山陰道は京都から山陰の国府を結ぶ街道として作られたのだけど、石見の西隣の長門は山陰でなく山陽に属する国になるんだって。だから仮説として古代山陰道の終点は石見で、そこから西に官道はそもそも設置されなかったのじゃないかの仮説まであるそうだとか、なんとか。


 長門には古代山陽道で結ばれてるから、石見と長門は最初から官道で結ばれてないぐらいの考え方で、長門国内には駅家の記録が、さっき言ってた小川駅まであるけど、これは長門国内のための支道ぐらいの位置付けと見るって言うけど、


「それでも日本海側の小川駅があるさかい、やっぱり官道はあったとする説も多いねん。どっちにしても、ごっつい早い時期に官道としての整備は放棄されてもたぐらいで良さそうや」


 だったら江戸時代の山陰街道はどうなるんだの話になるのだけど、コータローの妄想では別の原理が働いたと考えてるみたいなんだ。


「大内氏が山口で栄えとったからちゃうやろか」


 大内氏は毛利の前の中国の覇者みたいな大名で、最盛期には周防、長門・石見・安芸・備後・豊前・筑前まで支配下にしてたんだって。室町時代から戦国時代の初めぐらいの大名だけど、とんでもない大大名だ。


 石見銀山も大内氏の時代に再発見された経緯があるらしいから、石見支配を強化するために山口から石見への街道を整備すのは余裕でありだよな。それにしても、よくもまぁ、これだけ下らない事をペラペラと、


「あのなぁ、千草が聞いたからやろが」


 だからと言って講釈が長すぎるだろ。モンキーのエンジンだって怒ってるぞ。


「登りやからや」


 まあそうだ。ところでコータローの機嫌は直ってくれたのかな。コータローはね、千草以外の事ならまず怒ったりしない人なのよ。どちらかと言わなくても、世間を斜めから見ているところはあるかな。


 自分の事を小市民、小市民っていつも言ってるけど、あれって煩わしい事にはタッチしないって意味なのよね。だから社会活動的なものはパスと言うか、冷やかに見てるぐらい。ここも誤解しないで欲しいけど手も出さない代わりに、口も出さず無視ってだけ。


 なんか変な奴って思った時期もあるけど、あれってある種の割り切りなのよね。どんなに頑張っても自分が出来る事なんて多寡が知れてるぐらいのドライさと言えば良いのかな。でも、まあ、実際のところはそんな事が多いのも現実なのもわかるのよね。


「おっ、津和野に入ったで」


 それは千草のセリフだ。何度言ったら覚えるんだ。もう許さんぞ。


「離婚とか言うつもりか」


 誰がしてやるもんか。夫婦ってな、一度なったら二世続くんだよ。


「いつの時代の人間やねん」


 うるさいわ。この世が終わってもあの世で夫婦の続きをやるんだよ。そんなもので許してやるもんか。また生まれ変わっても夫婦になってやる。その時には今度こそ新品になった千草の初めてを捧げる事が出来るのよ。


「夢の小学生ラブで」


 てめえはロリコンか。完全に犯罪行為だぞ、ものには限度があるって知らんのか。論外に却下だ。


「中学で初体験」


 う~ん、それはやめとこ。中学生でカップル経験はやりたいけど、さすがにね。中学生で経験するのがいるのは知ってるけど、さすがにまだ子どもだ。急いては事をなんとやらって言うじゃないの。早ければ良いってものじゃないよ。


「それやったら高校か」


 さすがに高校生ともなれば求めるよね。と言うか求めない方が不自然だ。高校生で経験するのは良いとして、やるとなれば大きな問題が出てくる。中学でやっても同じなのだけど、どうやって避妊するかだ。それもだぞ、回数だって若いからすぐにウナギ上りになるはずだ。それが若さだもの。


「それはあるわ。言うても高校生の性知識やし、コンドーム買うだけでハードルが高すぎるで。そうなったらオギノ式を盲信して突撃しかねへん」


 たとえコンドームを手に入れたって、使い方に慣れてないだろうから破れたりも起こるはず。と言うかさ、なんとか生でやりたがるのが男だ。この辺は女だってそうでないと言いきれない。だからと言ってピルなんて絶対無理だよ。


 出来ちゃうと堕ろすだけで大騒動は必至だし、ましてや産むとなれば修羅場確定みたいなもの。高校だって退学になるだろうし、そうなれば二人の将来は茨の道しか待ってないじゃないの。


「みんなどないしとるんやろな。そやけど千草の心配はわかるわ。それやったら、一緒に大学目指す青春や」


 それだ! でも待て。千草も学歴では後悔してるところがあるから賛成だけど、コータローならまた医学部を目指しそうじゃないか。さらにだ。医学部目指すとなれば高校は明文館になるだろうが。


 明文館に入るだけで途方に暮れそうになるし、医学部を目指す勉強なんて想像を絶するぞ。千草は勉強嫌いなんだよ。そこまで勉強に全青春をかけるのは・・・ちょっと過ぎる。そこは生まれ変わってからの話だからとりあえず置いておこう。だけどだ。大学生になってしまえば、


「そら同棲や」


 これは逃げようがないから、その辺で手を打ってやろう。


「四歳からラブラブやって十九で結ばれるって、むっちゃロマンチックや」


 げっ、四歳から幼な恋を積み上げていくとそうなってしまうのか。ここまで長いと腐れ縁の成れの果ても良いとこじゃないの。理想と現実の間って距離があるよな。

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