悪夢のランチ
仁摩からは山に向かって十分ほどで到着。今日も元気だモンキーちゃん。
「折り紙付きのタフエンジンやもんな」
モンキーの心臓部のカブエンジンはホンダが誇る世界の名機だものね。あれこれ改良が重ねられてるけど、世界一タフなエンジンとして良いと思う。とにかく信じられないようなエピソードのオンパレードだもの。
とりあえず燃費の良さは驚異的で、五〇CC時代にはカタログスペックで一八〇キロだったんだよね。今は環境問題とか、そもそもモンキーは一二五CCになってるけど、条件が良ければ七十キロ近くになるんだもの。
耐久性となると驚異の世界で何十万キロ走るかわからないとされてるぐらい。これは都市伝説かもしれないけど、耐久試験が成立しなかったとか。
「天ぷら油でも走るのは実話らしいで」
水でも走るのはさすがに伝説だけど、
「水没しても走った言うもんな」
洪水で完全に水没したのに平気でエンジンがかかり、かなり走ってからオイル交換をしたら泥水が出て来たって話だろ。
「もっとも今のは無理やろ」
インジェクションだものね。おっと、ここか。ここからはバスなのか。これが石見銀山みたいだけど、こんな街が残ってたんだ。
「生野銀山とはエライ違いやな」
コータローのよると石見銀山は明治には生き残れず、生野銀山は昭和まで栄えたぐらいかららしい。それにしてもの街並みだよ。これは見に来るべきだ。レンタサイクルも借りて巡ったけど、これは大きいよ。レンタサイクルを返して、
「お昼にしょうか」
賛成。なんか適当に入ったけど、表に代官そばってなってたから、名物は蕎麦のはず。定食もあるけど、温蕎麦と冷蕎麦のセットは初めて見るな。これにしよう。コータローもそうしたか。
観光地の観光客向けの店だからそれほど期待してなかったけど、なかなか美味しいじゃない。こういう意外な当たりって嬉しいのよね。今日も良いことあるはず。コータローがお手洗いに行ってのだけど、
「誰かと思えば千草じゃないの」
誰だ、こんなところに知り合いはいないぞ。だけどこの声は・・・冗談もホドホドにしてくれよ。どうしてこんなところにレミがいるんだよ。この女はこの世で二番目に会いたくなかった人間だ。
一番は千草のヴァージンを座興で奪いやがった角田のクソ野郎だけど、あのコンチクショウの合コンを企画して千草を誘い込んだのがレミだ。角田のクソ野郎は実行犯とすれば、レミは主犯みたいなもの。こいつのお蔭で、どれだけ悔しくて、情けない思いにさせられたことか。
「相変わらずブスに磨きがかかってるね」
それをここで言うか。てめえは幾つになったんだ。考えるまでもなく同い年だけど、レミも変わってないね。レミは美人だったのは認めるよ。あの頃だって余裕で短大ナンバーワンだったけど、そんなチンケなレベルは越えていた。
読者モデルになっただけでも半端じゃないが、そこから本職のモデルになり、さらにさらに芸能界デビューだ。美人アイドルみたいな地位から女優にも進出してる。CMにも出てたし、テレビドラマの主役やヒロイン役にもなっている。そうなんだよ、ある意味で女の夢を体現しやがってる。
けどね、女からの評価は低かったぞ。とにかく性格の悪さの陳列会じゃないかと思ったほど。まずは自分が美人であることを鼻にかけてのマウント気質。千草のようなブサイクは下等人間ぐらいに見下しやがる。つうか、人とさえ思ってなかったんじゃないかな。
「こんなところでお一人様なんて、惨めな人生ね」
殴ったろか。
「慈善事業をやってあげたのに感謝しなさい」
慈善事業って・・・レミたちのグループは千草のブサイクぶりを笑いものにした挙句、一生処女確定として、男を経験させる罰ゲームを仕組みやがったんだ。それにまんまと引っかかった千草は惨めに処女を散らされてしまったんだよ。
あれの惨めさは、そんな座興で処女を散らされたのももちろんだけど、それから十四年も次の経験が出来なかったのもある。危うくレミの予言通りに、あの悲し過ぎる初体験だけで人生を終わりそうになってたもの。
千草の不幸はコータローの出現で一発逆転になってくれたけど、今度はコータローに処女を捧げられなかった後悔が出て来てしまったんだよ。あれさえ無ければ、レミが余計な事をやらかさなかったら、ごく自然にコータローに女にしてもらえたのに。
レミはマウント権化女だったけど略奪女でもある。こっちの方が女からもっと評判が悪かった。とにかく他人の彼氏を奪いたがる。被害者は千草が知ってるだけでも五人はいるぞ。五人もいるからわかると思うけど、略奪もするけどすぐにポイ捨てするんだよね。
ポイ捨てする理由は略奪したら飽きるのもありそうだけど、とにかく贅沢が好きなんだ。女王様気質が服着て歩いてるようなもので、食事だって高級店、それよりなによりあんな高価なブランド品をあれだけおねだりされたら破産する。
親がちょっと裕福ぐらいの学生でも払えるものか。それでもレミに気に入られようと貢ぎまくって借金抱えて退学したのもいたはずだ。噂では北の海でカニか南の海でマグロを獲らされてるって話だったけど、行方不明になったのは本当のようだ。そこにまた男が一人やって来た。
「ジョージ、こいつは千草、大学の時のブス女よ」
レミに『こいつ』呼ばわりされる覚えはないぞ。ジョージって、石川ジョージだな。レミと熱愛報道があったやつだ。イケメン俳優として知られてるけど、レミと付き合うぐらいだからロクな男じゃないだろ。
「こんなブス顔さらして生きて行けるのが不思議や」
初対面の人間にそこまで言うか。このクズ人間どもが。なんか言い返してやろうと思った時に、
「オレの嫁さんをブス呼ばわりとはエエ度胸やな。そこまで口に出すんやから、そんだけの覚悟は出来とるな」
コータローが帰って来てくれたんだ。
「表で話するで」
「表って」
「こんなとこで話したら、他のお客さんの迷惑やろが。そんなんもわからんのか」
コータローの逆鱗を直撃だ。コータローは千草をブスだとか、ブサイク呼ばわりするのがいたら本当に容赦がないんだよ。損得とか、世間体とか、打算を吹っ飛ばすぐらい逆上することだってあるんだもの。
「落とし前を表で付けようって言うとるんや。さっさと付いてこんかい」
そこにさらに駆け込んできたのが何人か。
「なにがあったかはわかりませんが、ここは穏便に・・・」
マネージャーってやつかな。さらにちょっとエラそうなのが、
「撮影中やから邪魔されたら困るんやが」
なんだコイツ、火に油を注いでどうする気だ。
「オレの嫁さんをブス呼ばわりする侮辱を受けたんやぞ。あんたの撮影なんか知らんがな。退いてんか。落とし前は付けさせてもらうで」
コータロー、この辺で矛を収めようよ。松山にツーリングに行った時に、十円玉をへし曲げるパフォーマンスをやったのよね。あれはそういう細工をした十円玉での手品みたいなものだったけど、あれぐらいはコータローが怒りで逆上したら出来るのよ。
あれはスーパーで買い物してる時だった。千草をブスって侮辱したのがいたのよね。その時にコータローは大根を手にしていたのだけど、怒りのあまり握り潰しちゃったのよ。あれ見てビックリした。コータローは人並を外れすぎた大根パワーがあるんだって。
喧嘩って殴り合いとか言うけど、素人同士の喧嘩はそうならないはずなんだ。だいたいは殴ろうとする腕を掴んじゃうじゃない。そこからは色々あるだろうけど、コータローなら相手の腕を掴んだだけでタダでは済まなくなるもの。
だって握っただけでそこは大根だ。腕だろうが、肩だろうが、足だろうが、相手の体のどこを掴もうが大根にさせられてしまう。掌なんか掴もうものならキンピラ牛蒡にされたっておかしくない。このまま本気で落とし前を付けに行ったりすれば大惨事が、
「お怒りはごもっともですが、ここはなにとぞ穏便に・・・」
スタッフの中にはこういう役回りの人もいるんだな。この手の芸能関係の人種はエラそうで傲慢なのは有名だけど、相手が強気出て来れば変わるって言うものね。会社で言えば苦情処理係みたいな人だろうな。
苦情処理係の人ってやりだすと大したもんだ。逆上状態のコータローを丸め込んじゃったよ。それが良いよ。そりゃ、千草のために怒ってくれるのは嬉しいけど、相手に怪我なんかさせたら警察に捕まってしまうもの。
「千草、行くで。ああ、ケッタクソ悪い」
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