第14話きみに触れそうで触れられない
次の日の朝。
咲はいつも通り、駅へ向かう道の角で待っていた。
けれど相川が近づくのを見つけても、いつものように手は振らなかった。
その代わり、小さく笑って「おはようございます」と言った。
「今日は寒いですね」
「……昨日のほうが寒かったろ」
「でも、今日は風が冷たい気がします。体感温度ってやつですかね」
たわいのない会話。
けれど、昨日の夜のやりとりが互いの胸に残っていて、どこかぎこちなさが漂っていた。
歩幅は自然と揃っていたけれど、肩と肩の間に残る空白が、やけに気になる。
(あと少し。あと一歩。だけど)
相川は心の中で言葉にならない想いをこらえながら歩いた。
横断歩道の前で立ち止まったとき、咲がそっとつぶやいた。
「相川さんって、ふいに黙るときありますよね」
「そうか?」
「なんか、何か言いたそうで言わないっていうか……自分でブレーキかけてるみたいな顔、するんです」
図星だった。
「……気づいてたのか」
「うん。ずっと見てますから」
咲は微笑む。でもその目は、少しだけ寂しげだった。
信号が青に変わる。
二人は並んで横断歩道を渡る。
その途中、相川はふと、咲の手がポケットの外に出ているのに気づいた。
冷たそうな指先。
ふと、その手を取りたくなった。
でも
(ダメだ)
一瞬、伸ばしかけた手を自分で止めた。
心が動いているのに、体は動けない。
あと数センチの距離が、永遠にも思える。
そのとき、咲がぽつりと呟いた。
「触れてほしいって、思うときがあるんです。ほんのちょっとでいいから、誰かとつながっていたいって思うときが」
「……咲」
「でも、それってわがままですよね。相手にとって、その距離が“責任”になっちゃうかもしれないし」
相川は言葉を失った。
彼女は、何も求めていないような顔で、ずっとそばにいた。
けれど本当はずっと、触れたくて仕方
なかったんだ。
信号を渡りきったとき、咲が言った。
「今日は言いませんよ、“好き”って」
「……そうか」
「でも、触れられそうな距離にいてくれるのは、ちょっと嬉しいです」
咲は歩きながら、ほんのわずかに肩を近づけてきた。
触れない。
でも、触れそうだった。
その“触れそうな距離”が、いまの二人の精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます