第12話 試験終了


 スキルを見せてやる。

 その言葉とともに、ゼルガの身体が変化した。


 筋肉が膨張し、もみあげから首、肩、背に金色のたてがみのような毛が生える。牙と爪が伸び、目は猛獣のように鋭く光を宿す。


(……っ!)


「おおおっ!?もしかして、それ、獣化とか!?やっば……!」


 思わずテンションが上がる。目の前でラノベのキャラが変身したような衝撃だ。


 だが、その感動が終わる前に、ゼルガの姿が“消えた”。


「っ――!」


 次の瞬間、すぐ横に現れたゼルガの拳が俺の側頭部を狙って振るわれる。


(やばい!)


 ギリギリで腕を上げて受け止める。


 ズガッ!


 衝撃が全身を貫き、俺の体は吹き飛ばされた。


 が、まだ退場はしていない。


(……今の、防御判定してもらえたのか。でも、普通なら骨いってるよ)


 立ち上がってゼルガを見ると、半獣半人となった様相が目に映る。


「かっけーーー」


「今の攻撃の後でよくそんなこと言えるな、お前」


 ゼルガが苦笑いを浮かべていた。


 しかし、パワーもスピードも完全に負けている。このままじゃ負けるが――


(さて、どうしようかな……スキル、使っちゃうか?)


 別に、負けても合格は決まってる。降参したって誰も責めないだろう。


 けど、ここで引くのはなんとなく嫌だった。なんか、こう――感情的な何かが引っかかる。退くのが悔しい、というか、負けを認めるようでモヤっとする。


(……まあ、幸いここには俺とゼルガ先生以外誰もいないしな。聞かれたら、転移って答えればいいか)


 そう思い、俺は意を決して《タイムバンク》を発動した。


 瞬間、世界が静寂に包まれる。


 空気が凍りついたような感覚。時間が止まり、俺以外の全てがピタリと静止する。


 目の前――ゼルガの鋭い爪が、俺の顔面すれすれに迫っていた。もし、あと一瞬でも発動が遅れていたら、確実に撃ち抜かれていた。


(……やっぱり、このスキルの弱点は“気づかないうちに攻撃される”ことだよな)


 もしもこれが実戦だったらと思うと、ゾッとする。


(ゼルガ先生レベルの人って、どれくらいいるんだろう……)


 そんなことを考えながら、俺はゼルガの背後へと回り込んだ。


 そして、首の根元を狙って、手刀を振り下ろす。“首トン”だ。


(当たる瞬間に時間を戻す。発動中に当てたら、《転移》って言い訳が通らなくなるかもしれないし)


 そして――


 手刀が当たる直前に、時間停止を解除。


 世界が再び動き出す。


 俺の姿がふっと視界から消え、ゼルガが驚いた表情で目を見開いた。


「――っ!?」


 その首に、俺の手刀がクリーンヒット。


 衝撃と共に、首が少し沈んだ。決まった、と思った。


 が――


 ドスッ、という感触と共に、俺の手が押し返された。


「……えっ?」


 そこにあったのは、分厚い毛と、岩のように硬い筋肉。


(……硬っ!?)


 手応えはあったのに、ゼルガはまったく動じていない。


(おいおい、こっちは全力で身体強化かけて、しかも急所狙ったのに……嘘だろ)


 その時、ゼルガがゆっくりと振り返った。


 次の瞬間――


 気づけば、地面に尻もちをついていた。胸元の番号札が、ほんのり赤く光っている。退場――攻撃を受けたということだ。


(……こっちの攻撃が攻撃判定にならなかったってことは、手刀のダメージはゼロだったってことかな?)


 その事実に、少し考え込む。


(実戦なら剣を使うから、問題ない?でも、果たして剣でも斬れたかどうか……)


 ゼルガの獣化――あの防御力と反応速度は、かなり異常だった。


 俺の頭の中で、次から次へと思考が湧き上がる。


(それに、最後の攻撃は見えなかった……。もし戦場だったら、先に見つけられたら終わるな。うーん、攻撃も防御も、課題が残る)


 だが、不思議と悔しさはなかった。


「……いやー、負けました。戦ってみて良かったです。ありがとうございました、ゼルガ先生」


 心からそう思えた。


 ゼルガはゼルガで何か考えていたようで、俺の言葉に顔を上げ、少しだけ笑って言った。


「お、おう……」


 間が空いた後、ゼルガは改めて俺の方を見て、真剣な表情になる。


「お前……どうやって俺の背後に回り込んだ?完全に捉えてたはずだが……」


「あー、俺のスキル、《短距離転移》なんですよね」


 俺は、できるだけ真顔でさらっと言った。


「レアスキルっぽいので、バレると面倒だから使わないようにしてるんですが……戦闘に夢中になって、つい使っちゃいました」


 しばらくゼルガは黙っていたが、やがて「なるほどな……」とつぶやき、肩を揺らして笑った。


「転移系のスキルか。まさか受験生に一撃くらわされるとはな。……やるな、お前。身体強化の扱いも悪くない。入学したら、俺の授業取れよ」


「ありがとうございます。そうします」


 そう言ってゼルガに一礼し、俺は試験会場を後にした。


 合格者のための説明を簡単に受けたあと、迎えに来ていたサラと合流する。もう夕方近かったので、宿に戻ることにした。


 そして翌日。

 辺境伯領までの道中は、主に試験の感想を話していた。


「……でね、ゼルガ先生、いきなりライオンみたいに獣化してきたんだよ!たてがみとか爪とか、本当にライオンみたいで、めっちゃかっこよかった!」


「それは……試験官らしからぬ行動ですね」


 サラが苦笑混じりに言う。


「いやいや、それもちゃんとした実力を見るための試験だから。俺も全力でやったよ。身体強化も使ったし、スキルも初めて戦闘で使った」


「そこまでやり合ったのですか?」


「うん。正直、受験生の中にはサラや父さん、母さんみたいに“本物”の強さを感じる人はいなかったけど、ゼルガ先生は同じくらい強かった」


「それは……心強い話ですね。試験官が優秀であれば、学園の教育水準にも期待できます」


「うん、それに、自分のスキルの弱点も見えてきたし。戦ってよかったよ」


 俺は馬車の窓から見える王都の街並みに目を向ける。あの広い試験会場、殺気の飛び交う実技試験の喧騒。ゼルガとの攻防。そして――


「あとね、首トンが想像以上に気持ちよかった!」


「く、くびとん……?」


「うん。手をこう、刀みたいにして、背後から首の後ろを“トンッ”ってやって気絶させるの」


 俺はジェスチャーを交えながら説明する。正確にはラノベで見た“それっぽい技”を真似しただけだが、現実であれが決まると妙な達成感がある。


 だがサラは、俺の説明を受けて少しだけ真顔になる。


「なるほど。首には重要な神経や血管が集中しているため、有効な攻撃部位であることは間違いありません。ただ、手刀での打撃だと気絶に至らないことも多いでしょうし、中途半端な力加減であれば――」


「いやいや、サラ、そうじゃないんだよ。ロマンの話。そういう現実的な話じゃないの。糸がぷつんって切れたみたいに、ふっと気絶させるのが“カッコイイ”の!」


「は、はあ……なるほど。そういうものなのですね……」


 サラは困ったように微笑んで、首をすこしだけ傾げた。


 俺のしょうもない話にもちゃんと付き合ってくれるサラの、そういうところは好きだ。


「それにしても、受験生って十万人以上いたんだよ。倍率1000倍超えだよ。よく合格できたよな……」


「ふふ、ユリウス様なら当然です」


「そ、そうかな……」


 そうして俺たちは、夕暮れの王都を後にし、辺境伯領へと帰っていった。

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