第15話:片腕の代償

 だが、しかし──空亡の笑みが深まり、魔王の笑みが強張った。


「やっぱり、読み易い」


 切り裂く、折れた刀。刃が深々と、魔王の首に刺さる。


『ばっ、馬鹿な!? 貴様、なぜ刀、を!?』

「もしかしたらを想定してね」


 ──持ち替えたに決まってるでしょ、という言葉と共に、魔王の首が──太陽の首が、刎ね飛ばされた。

 仰向けに倒れる魔王の身体と、その上に倒れる空亡。


 震える手でラグナが突き刺した切っ先を引き抜き、念には念を入れて心臓に突き刺す。

 古今東西、化け物の弱点は心臓と伝承に残されている。

 首を斬り落とし、心臓を貫いた。ここまですれば蘇ることも無いだろう。自分の下にあるものはただの死体だと安心して落ち着ける。


「大丈夫か空亡!?」

「大丈夫に見える? 死にかけだよどう見ても」


 慌てて走り寄ってくるラグナに、空亡は思わずといった様子で言い返した。

 満身創痍を二乗しても足りないくらいの負傷。斬り落とされた腕は船から落ちたのか、どこにも転がっていない。

 生き残りはしたものの結果は最悪と言ってもいい。


「はあ、こんなことなら受けるんじゃなかったよ本当……財宝無かったら許さないよ、ラグナ」

「オメェがそこまで頑張るとは思わなかったぜ……何にせよ、ようやっと終わったぜ」


 魔王から服をはぎ取り、それで斬り落とされた腕を縛りながら空亡はぼやく。

 ラグナが憑き物の落ちたような顔で、魔王の死を、亡霊の死をようやく実感するとでも言いたげにこぼす。

 これで全て終わった。ラグナの因縁も、ルナの因縁も。後はゆっくりと、この船がため込んでいる戦果を漁るだけだ。


「さて、と。早いとこ財宝が無ぇか探しに行かなきゃな……」

「動けるようなるまで待ってくれないかなぁ、今回一番の功労者だよボク。ほら見てこの腕」

「だぁーっ! わかったから断面見せんな!!」


 魔王に斬り落とされた腕の断面を見せつける空亡の腕に、ラグナは普段巻いているスカーフを巻いて止血してやる。


「……これちゃんと洗ってる?」

「失血死するよりは腐らせた方がいいだろ」

「……よくやったね、クソガキ共」


 ルナが足元を浮かせながら、手すりを辿って空亡たちのところへとやってきた。

 手には魔王──太陽の、恋人の頭が。

 ラグナにスカーフをきつく締め付けられ、痛みに顔を歪ませながら、空亡はルナに笑いかけた。


「なんだ婆さん、そいつ殺したらすぐ死ぬと思ってたのに」

「……どうやら、多少誤差があるようだねぇ。アタシも死ぬのは初めてなもんだから、これが正規通りに機能しているのか、長生きしすぎたが故のバグなのか分からないけど」

「死ぬ? 何の話だ?」


 空亡とルナのやり取りに、首をかしげるラグナ。

 答えず苦笑いする空亡に対し、ルナはけたけたと笑う。


「あいつを殺したら寿命が来るようになるのさ。まっ、今のところ実感はないけれどもね」

「……そうかよ。そりゃ、悪いことしたな」

「……なんだい、もう少し罪悪感見せてくれるもんかと思ったのに」

「ガキの頃にテメェの首吊り生体何度も見せられたんだ、テメェがくたばりたいってのに今更驚くかよ」


 ラグナが苦い顔をしながら、過去にあった事件を思い出す。

 その話を横で聞いていただけで、空亡もルナの過去の所業に引いた。子供に見せるような光景じゃない。


「首吊りって……婆さんさあ……」

「そんなこともあったねぇ……そういや、あれのせいで孤児院の経営権奪われたんだっけか」

「そりゃそうなるよ婆さん!!」


 煙草を咥えながら、昔を懐かしむように語るルナに空亡は思わずツッコミを入れる。

 少年時代に帰ったら家に首を吊った老婆がいたなんで、トラウマもいいところだ。そんなもの、楽しかった思い出のように語るものではない。


「終わったか?」

「うおっ!? なんだよスナノミ、脅かすなよ! あいつが復活したんかと思ったじゃねえか!!」

「先ほど船が止まったのを確認してな」


 船の手すりから甲板に飛び移り、スナノミが満身創痍の三人を一瞥する。


「どうやら無事に終わったようだな」

「どういう目をしたらこれが無事に見えるんだテメェ」

「これが無事に見える!?」


 スナノミの言葉にラグナと空亡が言い返す。

 誰も彼も、無事な姿は一つたりともない。


「全員生きている、あれを相手にこの結果なら無事と言っても過言ではなかろう」


 スナノミの言葉に、ルナが「違いない」と笑った。

 魔王を相手に五体満足、とまではいかなかったが……全員生き残ることができた。この後ルナが死んでしまうが、それはまあ呪いが故の仕方のない話だ。過去にやった自分の行いが返ってくるだけの事、空亡やラグナが気にすることではない。

 とはいえ、何度も自殺未遂したところをラグナが見ていたとはいえ、長い付き合いのあった者が死ぬというのに、何かしらの感情を抱きそうなものだが……


「それより、ラグナ」

「あん? っていてぇなおい! 怪我してんだぞこっちは!!」


 が二人は特に気にする様子もなく、スナノミはラグナの肩を掴み、顔を引き寄せる。

 ラグナが痛みで少し顔を歪めるが、スナノミは気にせず耳元でささやいた。


「あいつを殺せばお宝は貴様の総取りだぞ、生かしておいていいのか?」

「いてぇって……別に構わねえよ、今回に関しては。あいつが一番やりやがったしな」

「……欲のない男だ」


 スナノミがラグナから顔を話し、ため息をついた。

 その様子を聞いていた空亡は、そっと握っていた刀の柄から力を抜いた。

 そして杖の代わりとして使い、立ち上がる。かなりふらつき、おぼつかない足取りで手すりまで歩く。


「さっ、財宝がどれだけあるか見てやろうよ! スナノミは婆さんの介護ヨロシク!」

「アタシは死にぞこないの老いぼれだ、介護なんざいらんよ」

「まだ生きている以上そうはいかんだろ。ラグナ、この婆さんは俺が見ておくからお前も行くといい」


 苛立ち気に煙草の灰を落とすルナに苦笑いしながら、スナノミはラグナに先へ行くよう促す。

 だが、ラグナはその言葉に答えず、ただ黙って空亡の後をついていく。

 スナノミはそんなラグナの後ろ姿を目で追ってから、ルナと向かい合うように座った。


「……素直じゃねえな、あんたも、あいつも」


 スナノミの呟きを背に、ラグナは船橋へと潜る。

 船内部は当然のことながら、甲板と同じように新品同然。木の欠片一つすら欠損していない。何百年も前の船とは思えない。


「どこもかしこも新品みてぇだな」

「だねぇ……部屋の数はそれ程でもなさそうだね。綺麗だし探索もしやすそう」


 空亡の言うように、船と言っても大型と言えるほどではない。

 汽車の中で見た時は大きく感じたものだが、実際に上がってみたら思っていた以上に人が住めそうな場所はないように感じた。そもそもまともな人間は住んでいなかったのだが。

 この分であれば、探索はすぐに終わりそうだ。手当たり次第に、扉を開けていく。


 すぐに終わるものだと思っていたが、普段であればあっという間に探索を終えられるものも、やはりこう負傷していてはかなり時間を食ってしまう。

 一時間か、二時間程かかっただろうか。下の階層まで度々こけそうになりながら降り、しらみつぶしに探す。

 やがて残すは、船の奥にひっそりとあった扉だけとなった。


「あー……しんどい……造血剤、いや無駄遣いはできないか……あーーーー!! 元の世界から取り寄せたいーーーー!!!! 治安は糞だけどさあ、あの世界は!! でも今だけ戻りたい……薬がろくなの無いんだよなあこの世界」

「うるせぇ……頭に響く。こっちはそんなもんもなく気合いで耐えてんだぞ……」


 壁に手を付きながら喚く空亡と、その声に頭を抑えるラグナ。

 よろけるように最後の扉へと歩き、ドアノブに手をかける。


 これで何も無かったら収穫はゼロ、精々が魔王太陽が残した剣と刀くらいになってしまう。

 祈るようにドアノブをひねり、扉を開いた。

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