1-3「普通の大人になるために…」

「——以上で、僕の発表を終わります。」


パチパチパチパチ


よかったぁ〜…

ちゃんと書けてるじゃん!僕!

よし、早く自分の席に戻ろっと。


僕は一礼し、そそくさと自分の席へ戻ろうとした。

胸を撫で下ろす。大丈夫だ、うまく読めた。

……そう思った、その瞬間だった。


「おーい!みんな見てみろよ!!」


その腕は、中学生にしてはやけにがっしりしていて図太い。


そう、ガキ大将のたけしだ。

クラスの中心に居座って、いつも誰かをいじって笑いを取ってる。

筋肉質ででかい声、教師にも媚びない態度――まるで自分が“教室のボス”かのようだった。

その腕の先には、僕のボロボロのノートがひらひらと動いている。


「これ!こいつのオンボロノート!これが将来、漫画家になるやつの絵だってよぉ!」


そういうと、ガキ大将はオンボロノートを掲げながら中身をペラペラとめくる。

僕の下手くそな絵がスライドショーの如く、紹介される。


「…え、下手すぎじゃない?」

「ただの落書きじゃん…」

「…俺の方が上手いんだけど…」


ヒソヒソとした声があちらこちらから聞こえる。その声にプラスの言葉は一つもない。

急に顔が熱くなる。

"恥"よりも、"怒り"に近い感情に呑まれる。


「漫画家よりも落書き家らくがきかになった方がいいんじゃねぇ〜!あっひゃっひゃ!」


アハハハハ!

うふふ

ハッハッハッハー!


教室が笑い声で包まれる。

嘲笑で満たされた教室は毒ガス同然の具合の悪さを覚える。

大人な僕の気持ちとは裏腹に子供なぼくの身体は拳を強く握りしめている。


「こら!武くんやめなさい!」


先生が怒鳴るが教室の笑い声に呑まれ、もはや空気同然。

その瞬間、体が勝手に動いた。


「ダメだ、ダメだ、やめろ!殴ったって……」


でももう遅かった。

拳はたけしの顔面へ一直線に振り下ろされ――

ズンッと、拳に硬い感触。

拳には確実に武の硬い骨を感じた。


拳が武の顔を捉えた瞬間、教室中が静まり返った。

誰もが驚いたように口をポカンと開けて、声が出なかった。

笑い声は、どこかに消えていた。


はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…


お、おい!

何してんだ!僕!

殴ってどうするんだよ!

あの絵はさすがに笑われるに決まってんだろ!


「おい!!一志いっし!なにしてるんだ!!」


先生に腕を掴まれ、強引に武と引き剥がされる。

ふと武を見ると、鼻からは血を流し、目は僕を睨んでいた。


衝撃で床に落ちた、ボロボロのノートを先生が拾い上げる。


「お前達!ちょっと職員室に来い!!他の子達は自習しておくように!」


先生は武と永遠の腕を掴み職員室まで強引に連れて行く。


あーあ、何しちゃってんだ、僕…。

まだまだ、子供だな…

なぁ、僕…本当に漫画家になりたかったのか?

だとしたら、ごめんな…将来は冴えないサラリーマンだ。


先生に強引に連れられ、気づけば職員室に到着していた。


「ちょっとご両親に連絡するから、ここで大人しくして待っていなさい。」


あーあ

親、呼ばれちゃうよ…

絶対お母さんに怒られるよな


職員室前で武とただ怒られるのを待っている。

特に喋ることもなく、ただ時間だけが経つ。


「2人ともこっちにきなさい。ご両親が来ていただけるので、今日は放課後まで別室で授業を受けてください。」


まじかよ…

まだ1時間目だぞ…

最悪…


———


プリント問題や反省文を大量にこなし、気づけば放課後になっていた。


突然、ドアがガラガラと勢いよく開く。


大柄の女性が入ってくる。その容姿から武の親であることはすぐにわかった。


「武!大丈夫かい?痛いところはない?」


「うるせぇーなぁ!どこも痛くねぇーよ。」


「どこ殴られたの?ほっぺた?頭?」


武のペタペタ触る武の母親は明らかに過保護気質であった。

過保護の親に思春期の子供、どおりでガキ大将が完成するはずだ。


ガラガラ…


ついに、永遠の母が到着した。


「永遠!あなた何しているの!

すみません…うちの永遠が…」


武と武母に深々とお辞儀する。


「で、でも、あっちから…」


「言い訳しないの!暴力したのはあなたでしょ!」


お母さんはすごい形相で僕を見る。


「ご足労いただきありがとうございます。

お話はお電話の時に、ある程度させていただきましたが——」


淡々と先生の話が展開される。

武が僕の絵を馬鹿にしたこと、それに怒り殴った僕のこと。

お母さんは何度も頭を下げる。

その度に、武が被害者で僕が加害者の構図が完成していく。

武が夢をバカにしたことは、ほとんど話題に上がらず、ただ僕の暴力だけにフォーカスされる。

僕が徐々に悪者になっていくのが分かる。


「———本日は来ていただきありがとうございます。」


話し合いが終了した。

どのくらい話したであろうか、外はもう真っ暗。

街灯の光が目立つ。


「武、帰りましょうか。」


ガラガラ…


武と武の母親は帰り支度をして、部屋を出て行く。

その姿が見えなくなるまでお母さんは、頭を下げる。

今日だけでどれくらいの謝罪をしただろうか…


「お、お母さん…ごめんなさい…」


「永遠、帰ろっか」


「う、うん…」


ガラガラ…


永遠達が部屋を出て、何歩か進んだ時、突然後ろから声がした。


「永遠くんのお母さんすみません!

お返ししないといけない物がございますので少々お待ち下さい!」


そういうと、先生は小走りで職員室の方に走って行った。

3分ほど経つと職員室から先生が出てきた。

その手にはあのボロボロのノート。


「お待たせしてすみません。これ、永遠くんのノートです。」


「あ、ありがとうございます。永遠、なに?……これ……」


お母さんはノートを手に取り、パラパラとページをめくる。

中の絵を見て、少し目を細める。

その口元が、わずかに引きつるのが見えた。


「……あんた、こんなの学校で出すなんて」


母は目を伏せたまま言った。


「また恥かくだけよ。普通にしてくれれば、それでいいのよ。」


ノートを閉じて、バッグにしまう母の手は、どこか急いでいた。

まるでこの“問題”を、早くどこかに隠したいとでも言うように。


僕の心臓がドクンドクンと脈打つ。

悲しい、虚しい、悔しい、失望と言った負の感情が身体を侵略していくのが分かる。

母の願い通り"普通"に暮らしてきた大人の僕には、子どもの僕の身体の反応がやけに幼稚に感じた。

おそらくこの日からだろう僕が"普通"の人として生きていくことになったのは…


———


お母さんと一緒に家に帰ってきた僕は、手を洗うよりも先に、自室に向かいボロボロの特訓ノートをゴミ箱に捨てた。

その行為は、夢を捨てることに等しかった。


これでいいんだ…

これさえなければ僕は"普通"に生きられる。

誰にもバカにされないし、自分も傷つかない。


目がじんわりと熱くなる。

突然、視界がぼやけ、唇が震える。


——僕は泣いていた。


突然、急な眠気に襲われた。

僕は、ベットに横たわると気付けば眠っていた。

今日は散々な一日だった。

僕の人生はこの日から変わったんだ。


———


「おい!トワ!おーい!お・き・ろ!!」


なんだよぉ…

今日学校休みだろ…

この声、お母さん…じゃ、ないよな…


「おい!トワ!にいちゃんが!オレのにいちゃんが!」


なんだよ…

……トワ?

あれ?僕、昨日は学校に行っていたはず…


「おはよう…トワ…なんだよそんな慌てて…え、」


トワの目には涙が溢れている。

その瞬間只事じゃないと感じた。


「トワ!にいちゃんが!オレのにいちゃんが死んだ!」


——え、

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