1-2「夢と夢」

永遠とわ!起きなさーい!もうすぐ学校でしょ!」


あぁ……うるさいなぁ……

学校?何年前の話だよ……

もう子供じゃないんだし。


「コラ!永遠!遅刻するよ!部屋入るよ!入るね!」


ガチャッ!


……ん? お母さん?

そういえば、最近ずっと会ってなかったような……


でも、待てよ? なんで家にお母さんが?


ガバッ!


突然、身体を包んでいた“幸せのバリア”が剥がされる感覚。

まるで、現実が強制的に差し込んできたようだった。


「え、えぇぇ!? お母さん!?」


「いつまで寝てんの!もう7時よ!

早く朝ごはん食べて支度しなさい!」


「お母さん……なんでここに? ていうか、学校っていつの話だよ! 僕はもう、大人だよ?サラリーマン!」


「何言ってるの!あなたは中学1年生でしょう!寝ぼけてないで朝ごはん食べなさい!」


ドクン。心臓が高鳴る。


信じられない気持ちのまま、自分の身体を触る。

……細い。小さい。到底、大人とは言えない。


「……マジかよ……」


夢? いや、これは……まさかタイムスリップ!?

昨日、ソラと飲みに行って——

あれは夢だったのか? それとも、今が夢?


頭がこんがらがる。


「お、おはよう……お母さん。なんか、僕、変な夢見てたみたい……」


「漫画の見過ぎです!早く支度しなさい、遅刻するわよ!」


とにかく、状況を受け入れるしかない。

リビングへ向かい、朝ごはんを食べる。


目の前の味噌汁と焼き鮭は、しっかりと味がした。

恐る恐る頬を引っ張ってみる。


「……痛っ。」


夢じゃない……。

やっぱり、これは現実なんだ。


ぼんやりとした意識の中、何気なくテレビのリモコンを取って電源を入れる。


「……では、本日のニュースです。漫画『ゼロノーツ』で人気の漫画家、天城あまぎユウトさんが、新世代クリエイティブ賞を受賞しました——」


天城ユウト……!

確かに、そんな漫画家いた。

『ゼロノーツ』、学生時代は夢中で読んでたな……

もうとっくに完結してるはずなのに。


その名前を聞いただけで、子供の身体の心臓がドクドクと脈打つ。

懐かしさと興奮がごちゃまぜになって押し寄せてくる。


「コラ、永遠!食べたなら用意しなさい!遅刻するわよ!」


「……はーい!」


言われるがまま、カバンに教科書やノートを詰め込む。

そのとき――


バサッ。


何かが床に落ちた。

ボロボロで、汚いノート。


「……なんだこれ?」


表紙には、子供の字で《特訓ノート》と書かれている。

汚れ方が不自然だ。角は折れて、ページの端にはシミ。にじんだ絵の具の跡や鉛筆の削りカスがこびりついていた。


おそるおそるページをめくると、拙い落書きのような漫画が描かれていた。

最初はひどい。でも、ページをめくるごとに、絵がほんの少しずつ上達しているのがわかる。


「……え? これって……『ゼロノーツ』の“ゼロ”か……?」


懐かしさがこみあげてくる。

下手すぎる絵。でも、その絵に込められた熱量だけは、なぜか伝わってくる。


「誰の……ノートだ?」


背表紙に目をやる。


"一志いっし 永遠とわ"


「僕の……かよ。」


頭を抱える。

思い出したくない、黒歴史のような記憶。

でも、間違いなくそこにあった“本気”。


「これは学校には……持って行けないよな」


ノートを机に投げ捨て、準備を再開する。


「永遠ぁ!準備できたのー?もう7時40分よ!遅刻するわよ!お母さんが車で送る?」


「大丈夫!歩いて行く!」


——歩いて?ってことは……時間やばい!


8時までに学校に着くには、あと20分!

家から学校、普通に歩いてたらギリギリ!


「やっべぇ!」


カバンを掴んで玄関へ走る。


「行ってきまーす!」


懐かしい響き。

その言葉だけで、少し胸が熱くなった。



キーン、コーン、カーン、コーン。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


……間に合った。

久しぶりの全力疾走、マジでキツい。

でも、さすが50m走6.5秒の脚、まだ健在。


席に着き、教科書と筆箱を取り出す。

……ん?


「えっ、なんで?」


カバンの中に……さっき机に放り投げたはずの、特訓ノートがある。


「おかしい……確かに置いてきたはず……」


何かに導かれるように、そのノートを手に取る。

ページをめくれば、やっぱりあの下手な絵が並んでいる。


……誰かが入れた?

いや、そんなわけない。夢の中の誰かの悪戯か?


とにかく、今はしまっておこう。


そのとき。


「おーい!永遠のやつ、また“きったねぇノート”持ってきてやがるぞ!」


教室の後ろから、いかにもガキ大将な男の声が響く。

隣には取り巻きっぽい2人が。


「ちょっと見せろよ、それ!」


「や、やめてよ!」


体が勝手にノートを守る。

……まるで、本能で拒絶してるみたいに。


「おい、しつけぇんだよ! は・な・せ!」


次の瞬間、顔面に拳が飛んできた。


「っっ……!」


衝撃で手を離してしまう。


「いえーい!オンボロノート、ゲットぉ〜!」


……痛ぇ……

口の中、切れた……血の味がする……


「よっしゃ!お前ら!かかってこい!」


たけると呼ばれたそのガキ大将は、ノートを丸めて刀のように構える。

下っ端たちも自分のノートで同じように。


「うげぇ〜!やっぱ強いなぁ、武くんは〜!」


特訓ノートはチャンバラに使われ、ズタズタにされていく。

あの汚れ……こいつらのせいか。


昔の記憶がじわじわと蘇ってくる。


……僕、いじめられてたんだ。


でも、それでも、あのノートは大事だった。

夢の始まりが詰まってたから。


立ち向かいたい。

でも、怖い。あの拳がまた飛んでくると思うと……体が動かない。


「おーい!何をしているんだ!チャイム鳴ってるぞ!」


担任が入ってきた。

武たちはしぶしぶノートを投げ捨て、自分の席に戻っていく。


———


キーン、コーン、カーン、コーン。


「それでは授業を始めます。日直、号令!」


「起立!気をつけ!礼!」


『お願いしまーす!』


「今日は、昨日出してもらった“将来の夢”の作文を発表してもらいます。ちゃんと書いてきたかな?」


やばっ!


……僕、書いてたっけ?


慌ててカバンを探ると、“ゼロノーツ”のクリアファイルに挟まれた一枚の紙が目に入った。


「セーフ……!」


「じゃあ、出席番号順に行きます。1番、一志永遠くん。発表お願いします。」


「は、はいっ!」


よりによって最初かよ!


……会社のプレゼンより緊張するんだけど……

頼む、中学生の僕。まともなこと書いててくれ!



「それでは……発表します。」



『将来の夢』 一志いっし 永遠とわ


僕の将来の夢は、漫画家になることです。


きっかけは、小学校のときに読んだ『ゼロノーツ』という漫画でした。

その物語の中で、主人公は何度も壁にぶつかりながらも、自分の信じる正義を貫き、仲間と共に立ち上がっていく姿が、本当にかっこよかったです。


僕も、誰かの心を動かすような漫画を描ける人になりたいと思いました。

まだ絵も下手だし、ストーリーも上手く考えられないけど、毎日、少しずつ特訓ノートに練習しています。


家ではバカにされたこともあるし、友達にも笑われたことがあります。

でも、僕は本気です。いつか、僕の描いた漫画を誰かが読んで、「面白い」って思ってくれたら、それが一番うれしいです。


夢を叶えるのは簡単じゃないけど、諦めません。

僕は、漫画家になりたいです。



読み終えた瞬間、永遠は自分の胸に手を当てた。

鼓動が早くなっている。


この文章が、まぎれもなく“過去の自分”の言葉だと、心が証明していた。


——僕は、本気だったんだ。

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