第8話 義務的な優しさと、自己中心的な快楽

時折、人間は思いにもよらない行動をすることがある。

一つ感情が強く乗ると、自分でも驚くほど突飛な行動をする。

思いの他理由は単純で、なんで後からこんなことで動いたんだろうと自分で思うことも多々ある。

まぁ、あくまで全て俺の考察でしかないのだが。


「ちょっとトイレ行ってくる。先に玄関行っててくれ」


「あ、玄関の場所わかるか?」


心配をかけると、レンは鼻を鳴らして答える。


「ふっふーん!舐めないで欲しいわ!」


「じゃ、待っててくれ」


途中の道で別れて、トイレへと向かった。


そうして学校の案内を終わらせた俺は、先ほどのレンの告白の余韻に浸っていた。

至近距離でかかる吐息。

向けられる重い感情。

長いまつ毛に、潤んだ瞳。

彼女の熱が、直に伝わってくる感覚。

その全てを断ち切って、彼女の告白の裏の本心を包み込めた。


「…はぁ」


強く、息を吐く。

慣れない。

もっと上手く対応できたはずだ。

彼女の心情にもう少し早く気づけていれば、俺に告白をするだなんて強行に移ることはなかった。

可愛らしい少女を甘やかした身体的な感覚と、本心を見抜かせた精神的な快感。

だが、残ったのは決してそれだけじゃなかった。

もっと、もっと上手くできたはずだという後悔。

まだ、慣れない。

美少女から告白をされるというような非日常に。

幼馴染?学年一の美少女?

二次元でしか見ないようなありきたりな、テンプレート。

画面越しでは飽きられるほどに見たものだというのに、現実で起きてしまえばこうも混乱するものなのか。


「ほんとに、そういうところですよ。ユタカ君」


「…なんでいるんだ」


声がした。

トイレを目前にして、背後から声がかかる。


「さっき、演劇部を扉越しに見てましたよね?少し気になって、後を追いました」


「部活中だろお前…」


レンよりも俺の前で突飛な行動を繰り返してるヤツが来た。


「…アイカ、全部見てたのか?」


「えぇ、とってもいいものが見れました」


「忘れてくれ、頼むから」


問題は、さっきのことをあいつが見ていたのかどうかという話だ。

何をしでかすかわからない恐怖があり、快楽に浸っていた脳みそが急速に回り出した。

最悪俺はどうでもいいが、レンにも関係するとなると話は別だ。

そう思って、背後を振り返る。


「…お前」


驚いた。

演劇部とはいえこんなものが…


「どう…ですか?」


頬を軽く染めてこちらに聞いてくるその存在は、こんな夕暮れ時の校舎にはあまりにも場違いで、だというのにたなびく服と髪があまりにも綺麗に、光を吸収してモノにしている。

白色のフリルが、フワリと広がったシルエットが、彼女の女性らしさを加速させた。


悔しい。


「似合ってる…似合ってるよ!すっごい綺麗なお姫様だけどね?!今その話してないんだよ!」


そう、アイカはドレスを着ていたのだ。

きっと次の劇で使うんだろう、演劇部だもんな。


「えぇ…ユタカ君にこれを見てもらうために後を追ったのに!」


「だから似合ってるって!でもそれとこれとは話が別だ!アレを見たんだろ!」


そう声を出せば、彼女は不服そうに頬を膨らませた。


「別に、誰かに言うなんてことないですよ。私が見れて嬉しかったのはユタカ君ですし」


独り占めです♪と彼女は鼻を鳴らす。


「久しぶりに見たんですよ」


「…?久しぶりって?」


言わないのならあとはどうでもいいので、俺は気を抜いて聞き返した。

アイカは上機嫌にドレスを揺らす。


「私が好きになったユタカ君が見れたので」


「…なるほどよくわからん」


悪いがさっきの俺は、「非日常」とレンの重い感情に興奮してるだけのヤバいヤツだぞ。


「どこまでも優しいのが、ユタカ君なので」


蛇に睨まれた気分だ。

妖艶とも言い切れない瞳を覗かせていた。

でも、それには期待や尊敬なども込められてるような気がする。


「悪いけどな」


俺は、反論をした。


「友達の美少女が泣いてたら慰めるのが、普通の男だろ。俺が優しいんじゃなくて、やらないやつが非道なんだよ」


俺が持っているのは義務的な優しさ。

道徳の授業で習うような、一般的な優しさ。

なんなら途中から興奮し始めてるしただのやべーやつ。


「そういうところも好きです!」


可愛らしくそう言われる。

しっかりとアイカが可愛らしく絵になるのもそうだが、まんざらでもない自分に腹が立った。


「あのな、俺を好きになったところでいいこと何ひとつないからな?」


恋愛感情がわからないとかなんとか言って美少女の告白断ってるやつだぞ。

思春期×厨二病×病みのトリプルコンボだ。

いくら多感な時期の高校生とはいえども、正直こんな可愛い子に言い寄られて据え膳食わぬ状態を維持してるのははっきり言ってやばいやつだ。

レンの時だってそうだ。

何もしなくていいとまで言われたんだ。

少し一緒にいただけでも、レンの家の裕福さは把握してる。

その上で、俺はそれを断った。

酷く自己中心的で、イタイやつなのかもしれない。

でもあれにそのまま従うのも、ストレスが溜まっている彼女の状況を利用したように感じてしまうしな…

…?

待て、精神的にダメージを負ってるレンを1人で放置するのは不味くないか?

笑顔になってくれはしたが、告白したことすら後から色々思い返して辛くなるパターンじゃ…?


「悪い!そろそろ行くわ!部活頑張れよ!」


「え、あぁハイ」


いても立ってもいられず、俺はかけだした。


「レーン!ごめん待たせて!」


「そんな待ってないよ!早く帰ろ!」


あ、トイレ行くの忘れてた。

そうして俺は、しばらく悶え苦しむこととなった。

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