第10話 魔竜討伐
「昨日は楽しんでたみたいだな」
朝「おはよう」と部屋に戻っていたイーサンにライアンが声をかける。顔についた口紅の跡をふき取りながら、イーサンはふっと笑みをもらす。
「まぁ、そうですね」
階下に降りると、予想通り1階の酒場のカウンターにもたれてジャックが大きないびきをかいていた。ジェイデンが肩を揺らすが起きる気配がない。ライアンが椅子を蹴り飛ばすと、床に転がったジャックはようやくむくりと起き上がった。
「あぁ!? 蹴りやがったのは誰だ?」
ジェイデンはぱんっと手を叩く。
「もう行く。東の森までは結構かかるから、食べ物をたくさん買っていこう」
「東の森? 魔竜は西の森に出たんじゃなかったか、ジェイ」
ジャックは床に転がった大剣を背負うと、首を捻った。
「いや、東だよ。東には岩場が多い。黒竜は森よりもそっちを好む」
ジェイデンは言いながら歩き出した。
魔竜は東の森で目撃されてから、また姿を消した。
魔竜退治は冒険者全体に広く依頼されているので、他の冒険者が辿り着かないよう、今まで貯めた金をすべて使って、ジェイデンは西の森に出たという噂を流させた。その噂に流され、ほとんどの冒険者は西へ向かった。
「そうだっけか、まあ、俺はお前についていくだけだ」
ジャックにばんっと背中を叩かれてジェイデンはむせた。
◇
森に入って数日、露出した岩が連なる麓に4人は野営地を作っていた。
「見つからねぇな」
ジャックが大剣の剣先を磨きながら、ぼやく。
イーサンが魔法で火を起こしながら呆れたように返した
「そう簡単にいかないでしょう、4年も姿を消してたんですから」
「いや」と口を挟んだのは、ジェイデンだ。
「――竜の痕跡を見つけた」
そう言いながら火にかざしたのは、黒い石のように見えたが、
「鱗、ですね」
イーサンが感心したように身をのりだした。
「今日の岩場の散策中に見つけた。上から三段目の岩場だ。――よく見たら、地層にずれがあった」
「中にいるってことか」
ライアンの弾んだ声が暗闇に響いた。
「さすが、ジェイ」
「明日が本番だ」
ジェイデンは力を込めて頷いた。
◇
「イーサンは5段目の岩場から、爆発で3段目の岩場を破壊。俺が魔法で土埃をはらう。ジャックは、目標の岩場の、右20メートルの岩場で待機、魔竜が目を覚まして飛び出した場合は首に向かって切りかかれ。俺とライアンは下で待機、ジャックの補助だ。俺の魔法と、ライアンの弓で竜を引きつける」
ジェイデンが支持を出すと、3人は「おう」「はい」「了解」と声をそろえた。
「お前の言うとおりにやっときゃ問題ねぇな」
ジャック剣を素振りしてにっと笑った。
ジェイデンは表情を変えずに頷く。
この時のために、頼れる指示役に徹してきたのだ。
彼らが自分の言う通りの配置についてくれるように。
「行くぞ」
掛け声が自分でも震えるのが分かった。
◇
それぞれが位置につく。イーサンが呪文を詠唱しながら、杖を天に掲げた。
ドンッ
爆発音が響いて、周辺の森から鳥がいっせいに羽ばたいた。
ドドドドドドドド
岩場が音を立てて崩れる。砂埃で視界全体が茶色く染まった。
そして――低い呻き声のような吠え声があたり一帯に響いた。
「当たりだ、ジェイ」
ライアンが声を弾ませた。
「風よ―――」
ジェイデンは、汗がたらりと額から首筋に流れるのを感じた。
ようやく、ここまでたどり着いた。
呪文の詠唱とともに、風が砂埃を散らす。
心臓の音が体中に響いた。
開けた視界に、崖の中から頭を突き出し、長い眠りから覚めたように周囲を見回す黒竜の姿が目に入った。
その青い瞳が、ジェイデンとライアンを捉える。
グゥアアアアア
竜のひと際大きな咆哮が地面を揺らした。
「行くぞ、ジェイ」
ライアンは自分の頬を叩いて、弓に矢をつがえる。
「――ああ」
ジェイデンは低い声で呟くと、呪文を詠唱した。
――次の瞬間、ライアンの足元に魔法陣が浮かび上がって、光が立ち上った。
崖の上でも、竜から少し離れたところでも同じように光が上がる。
それはイーサンとジャックの待機場所だった。
「なんだ……これっ!? ジェイ!!」
立ち上がった光の粒が餌にたかる蟻のようにライアンの身体にまとわりつく。
払いのけようとしても、一つ一つが連結して固まり、足元に現れた魔法陣から出ることができなかった。
「――ごめん、ライアン」
ジェイデンは俯いて、唇を硬く閉じてその震えを抑えた。
魔竜の場所は2日前には把握していた。言わなかったのは、準備が必要だったからだ。
――魔竜の中にいるはずの、彼女を分離させる魔術のための準備が。
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