第11話 それでも、
盗み出した魔術書には、魔物に喰われた者を復活させる方法は具体的に書いてなかった。――ただ逆に、魔物の魂にとり憑かれて、姿が変わってしまった者を元に戻す方法は書かれていた。聖属性の魔力を身体に流すと魔物は消滅するため、大出力で聖魔法をかける、という方法だった。
姉の場合も魔物である竜の部分を消滅させれば、残った部分が彼女のはずだとジェイデンは考えた。竜を消滅させたらその後で肉体再生と蘇生の魔法を使えば姉が取り戻せると思った。
しかし、そのための聖魔法は使えるものの、聖女ではないジェイデンには、竜の部分を消滅させるほどの強力な魔法は使えなかった。――魔力を補強するために、材料が必要だった。
だから、潜在魔力が高い者を仲間に選んだ。
余計なことを話さず、聞かず、黙々と仕事をこなし、自分の指示どおり動くよう信頼を勝ち取った。――魔法陣の位置にいてくれないと、効果がないからだ。
「ごめんってどういうことだ……うぁあああ」
ライアンの悲鳴が森の中に響く。身体にまとわりついた光の粒は、彼の魔力を吸収し大きく膨らんだ。
「――ごめん」
ジェイデンは声に嗚咽が交ざるのを感じた。
自分が許されないことをしているのはわかった。
それでも――
「俺は、姉さまに会いたいんだ」
上を向くと、ジェイデンは剣を天にかざした。
3人の魔力を吸った光の粒が上に舞い上がり、竜に襲い掛かった。
グゥゥアアアアア
光の粒で全身を覆われた竜は巨体を揺らし、崖を崩しながら暴れると、大きく口を開いた。
口の奥が赤く光り、炎の渦が吐き出された。
ジェイデンは風で防御壁を作ると後ろへ飛びのいた。
目の前が真っ赤に染まり、魔法陣の中に膝をついたライアンの身体を飲み込んだ。
ジェイデンは顔を背け、嗚咽を漏らすとまた前を向いた。
土埃と煤を風で払いのけると、竜の身体が岩場で崩れた土に埋もれて横たわっていた。
大量の聖魔法を浴びて、魔物の魂が消滅したはずだった。――そして、残るのは。
「――姉さま」
ジェイデンは叫ぶと、その竜のところに駆け寄った。
竜の頭がわずかに動く。
「ウ、ア、ア」
人の声のような奇妙な声がその喉の奥から漏れた。
竜の青い瞳がジェイダンをじっと見つめる。
(姉さまの目だ)
目頭が熱くなって瞳が潤んだ。
「今、今、俺が戻してあげるから……」
ジェイダンは剣を抜くと、刃に風をまとわせ、呼吸を整え土砂から半分出た竜の首目掛けて振り下ろした。
(一度、竜の体を壊して――再蘇生する)
生暖かい血が体中にかかった。黒竜は断末魔の悲鳴を上げて暴れた。ゆっくりと硬い鱗に刃を通していく。――やがて、竜は動きを止め、どさりとその首を地面に落とした。
「――姉さま」
ジェイダンは屈みこむと、竜の首から流れ落ちる血の川に手を当て、地面にその血で魔法陣を描いた。剣を空に掲げ、瞳を閉じて、イメージする。リオナの顔を、身体を、肌を、体温を、声を、一つずつ詳細に思い描きながら呪文を唱えた。
ぐつぐつと、首の断面が、周囲の血だまりが煮えたように泡立った。それらは、吸い寄せられるように魔法陣の中央に集まって行き、人の形を作り出した。
ジェイダンは自分の足元に、人の塊ができていくのを感じていた。早く瞼を開けたい気持ちをこらえ、きつく瞳を閉じ、詠唱を続ける。最後までやりきらないと、それは形を成さず、ただの肉塊になってしまう。
一心不乱に詠唱を続けていると、自分の声の間に、「あ」と小さな別人のうめき声が交ざった。
「……姉さま?」
ジェイダンはゆっくりと瞼を持ち上げる。
そこには――魔法陣の中には、血まみれの女が横たわっていた。
そして、それは紛れもなく、4年前の姉の姿をしていた。
「うぅ」
彼女は小さく呻くと、ゆっくりと焦点の定まらない青い瞳をジェイダンに向けた。
ジェイダンは息苦しさを感じながら、彼女を抱き起した。
言葉は何も出なかったし、何を言っていいのかわからなかったが、瞼が熱くなるのがわかた。
(もう会えないかと思ってたのに)
彼女を見つめ、呟く。
「僕だよ。ジェイダンだよ」
リオナの瞳の焦点が彼を捉えた。その瞬間、瞳の中が赤く輝き、リオナは手足を暴れさせた。
「姉さま!」
ジェイダンは彼女を暴れないように抱きしめると押さえつけた。
首筋にずきりと痛みが走る。視線を移すと、リオナが人間にしてはやや尖った牙をジェイダンの首に突き刺していた。
「……った」
ジェイダンは口を離し、さらに肩に噛みつこうとするリオナを自分から離すと、地面に押さえつけた。強い力で押しのけようとする彼女の裸の身体の上に覆いかぶさる。
頭の中でぐるぐると思考が回転した。
(――失敗した? ――何か、やり方がまずかった? ――そんな、じゃあ、俺はなんで――)
それでも、身体の下からじんわりと柔らかな温かい感触が伝わってきた。
それは確かに、昔自分を抱きしめてくれたリオナの肌だった。
「―――」
ジェイダンは自分に向かって牙を向こうとするリオナの顔を見つめた。
混乱する脳内で、感情のタガが外れた。
彼女の頭を押さえ、唇を重ねる。牙が口内を切り、口の中に鉄の味が広がった。
それでもそのままキスを続けた。
しばらくそうしていると、やがて、リオナの身体から力が抜けた。
ジェイダンはゆっくりと顔を離した。
リオナは先ほどまでと違った、青い静かな瞳をジェイダンに向けて、呟いた。
「――だれ……?」
ジェイダンはしばらく俯いてから、顔を上げて笑顔を作った。
「俺は」
声が震える。もう自分の感情に蓋をして後に引くことはできないと確信していた。
リオナを思い浮かべる度、自分は彼女を抱き寄せ、唇を重ねていた。
彼女を想う気持ちは、単に家族への愛情だけではなかったと、今はっきりと気づいた。
「俺は、ジェイ。――君の名前は、リオナだ」
彼女を抱きしめ、囁く。
「ずっと、あなたが好きだった。会いたかったよ、リオナ」
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