第3話 女神と出会い異世界に転生しました。
「おーい、武田!そっちにいったぞー!!」
高校の体育の時間。この日、俺のクラスは外でサッカーをしていた。
「分かった!」
高橋から蹴られたボールを受け止めるべく着地地点に走る俺。
「させるかよっ!」
「ここは通さねぇ!!」
別チームの和田と斎藤が追いかけてくるが構わない。この距離なら難なくボールをとられず一気にゴールまで駆ける事が出来ると思ったからだ。
「オーライ!オーライ!」
空中に浮かぶボールを確認するべく空を見上げる。ボールをしっかり確認するが、視界の端に奇妙な赤い点が映り込んできた。
(ん?)
俺は目を細め赤い点を凝視する。
「ラッキー!……ってお前何見てるんだよ……」
俺の頭上を通り抜けたボールをとった和田が俺に近付いてきて、同じく空を見上げる。俺と和田の行動を不審がった同級生達も同じく空を見上げる。
「なんだ。あの赤い玉」
見ているとどんどん大きくなっていき、こちらに近付いてくるのが分かった。
「あれ、こっちに来てね?」
誰の声か分からないが、その言葉が最後に俺に聞こえた言葉だった。
「う、うん……」
俺は目を覚ます。いや、目を覚ましたはずだ。なのに辺りが暗く何も見えない。慌てて起き上がり、体をあちこち触ってみる。体を触ってる感覚はある。俺が座ってる場所、地面の感触もある。なのに何も見えない。
「父さん!母さん!姉ちゃん!」
俺は家族の名前を叫ぶが、聞こえてくるのは自分の声だけで、周りは静まり返っていた。
(まさか、ここは、あの世……)
急に背筋が寒くなる。自分に残っている最後の記憶。空から近付いてきた赤い玉。あれは隕石だったのではないだろうか。
(だとしたら、俺は……)
深い絶望に襲われ膝から崩れそうになる。人生まだまだこれからの17歳。やりたい事だってたくさんあったのに。悲しみに暮れる中、視界の端に光が飛び込んでくるのを感じた。そちらに目線をやると遠くから光が輝いているのが見えた。
(あそこに何かあるのか……)
俺は涙を拭き、急いで光の方へ走り出す。走る。走る。走る。どのくらい走ったかは分からない。しかし、光との距離が一向に縮まる気配がない。
(これで消えたら……)
また何もない暗闇に戻る。
(そんなのは、ごめんだ!)
俺は必死に走り続けた。俺の思いに応えたのか、徐々に光が大きくなっていく。
(あと少し……)
もう少しで光の中に入れる。その瞬間、俺の視界を眩い光が包んだ。
「いってぇええ」
俺は何かに足に引っ掛け、盛大に転んだ。
「ここは……」
辺りを見回すと先程の暗闇の空間とは打って変わって荒れ果てた灰色の石畳に今にも崩れそうな石柱がところどころ置かれいている空間だった。
「今度はどこだよ」
俺は膝を摩りながら慎重に前へ歩いていく。しばらく歩いていると、ボロボロの石像が現れ、目の前に長い階段が現れた。俺は意を決し、足場の悪い階段を慎重に上がっていく。
(これ、いつまで上がるんだよ……)
百段は上がったであろうが、まだまだ終わりが見えない。帰宅部だった自分には堪える階段だが、諦めず一段一段ゆっくりと、でも確実に上がっていった。
「~~♪~~♪」
階段の先から女の人の美しい歌声が聞こえてくる。
(誰かいる!)
そう確信した俺は先程よりペースを上げる。階段を上がり終えた俺を待っていたのは、先程までの石造りの空間に相応しくない、綺麗な水と花畑、そして中央に跪いて歌を歌う透き通った金色の髪の女性がいた。
「ようこそおいでなさいました」
俺が見惚れていると、その視線に気付いたのか、女性は歌うのを止め、こちらに振り向き笑顔で告げる。女性のあまりの美しさにドキドキして顔が赤くなった俺は、ゆっくりと女性に向かって歩き出す。
「あらためまして、ようこそおいで下さいました、勇者様。ヘヴラージュの水の女神・アステナが神々を代表して御礼申し上げます」
「は、はぁ」
女神アステナの丁寧な挨拶に気後れする。しかし、聞かねばならない事を思い出し単刀直入に聞く事にした。
「あのぉ、ここはどこですか?あと、勇者様って、俺は何もしていませんよ。むしろ目が覚めたらここにいてびっくりしてるんですけど……」
俺の問いに困る様子もなく、アステナは笑顔で答え始める。
「ここはヘヴラージュ……あなたが生まれた世界とは異なる世界。この場所はその主神であらせる"ヘヴラージオ”がいた王の間。勇者様、いえ正しくはあなた様は勇者候補の方であらせられますね」
「勇者候補……」
「はい。これからあなた様には私達の世界であるヘヴラージュに転生して頂き、世界を滅ぼそうとしている魔王を討伐してもらいたいのです」
アステナの説明に戸惑う俺。そりゃそうだろ。半日前までただの高校生だったのに、急に勇者として魔王討伐の使命を与えられても困るだろうに。
「あの、拒否した場合は……」
「その場合は、あの輪に入ってもらい、通常の過程での転生となります」
アステナが見上げた先を俺も見る。頭上には大きな光の輪があり、そこにいくつかの光球が吸い込まれるように向かっていった。
「あの、元の世界に戻してもらう事は……」
「大変申し訳ございません。このような事態になったのは、私達の争いのせいなのですが……」
「えぇっと、それはどういう事なのでしょうか」
「それは、かつて起こった神魔戦争にまで時を遡ります。この戦いは、兄・ヘヴラージオと弟・サタニージオの二人の兄弟喧嘩が始まりと言われています。優秀だった兄のヘヴラージオと、常に比較され徐々に兄を妬んでいったサタニージオ。二人の確執が表面に出てきたのは、ヘヴラージオが父の後を継ぎ、王の座に就いた時のこと。この決定に不服を訴えたサタニージオはヘヴラージオに宣戦布告し、周りの者を巻き込んだ兄弟喧嘩が起こりました。そしてこの喧嘩に勝ったヘヴラージオで、弟であるサタニージオに対して今回の混乱の責任をとらせる形で、地上の地下深くの世界、罪人が堕ちる場所といわれる場所のシュヴァルーヒに追放の決定を下しました。それから地上世界の時間で五百年以上が過ぎた頃。地上では飢饉や疫病が流行り、多くの人間達が死に絶えました。私達光の神々はたまにある事とし放置を決めました。しかし、それは長期間且つあまりに広範囲で発生していった為、事態を重くみた数柱の神が調査の為地上に降りた所、この出来事がサタニージオが率いるシュヴァルーヒの者達が裏で手を引いていると判明しました。その事実が伝えられた主神であるヘヴラージオは、神の軍勢を組織し地下世界シュヴァルーヒに出陣しました。しかし、ヘヴラージオが動く事を予想していたサタニージオは、バラバラだった悪魔達を組織的に運用し、我々光の神々に対抗してきたのです。戦いは熾烈を極め、両陣営に多大な被害を受けました。最終的には、サタニージオはヘヴラージオに敗北して消滅。我らが主であるヘヴラージオも甚大なダメージを負い、消滅する前に自ら石化しました」
『あちらがヘヴラージオの像です』とアステナは自分の背後の石像を指す。俺が見上げなければならない程の巨人の像が見え、その神々しさにわずかに後ろに下がってしまった。
「続きですが、ヘヴラージオは石化する前、生き残った私達にこう告げました。『サタニージオは消滅しておらず。永き刻を経て地上に復活を果たす』『我らの戦いが別世界の因果を歪めたかもしれぬ。もしその者達が亡くした場合、こちらの世で暮らせるよう、取り計られたし』と」
「……それが、俺」
俺の言葉にアステナは小さく頷く。俺は膝から崩れ落ちる。
「ですので、我らが主神の言葉に従い、今からあなたに今の姿のまま新たな肉体を授け、地上で最低限自分の身を守れるよう神具をお渡し、地上に下ろします。ですが、勝手なお願いなのは重々承知の上であなたにお願いします。どうか、私が与えた神具と共に魔王や悪魔達を滅ぼし、地上に平和をもたらして頂ける事を」
「えぇっと」
「もちろんタダでとは言いません。魔王を滅ぼしてくだされば、我々の権能を用いてあなたの願いを叶える事をお約束いたします。金銀財宝、酒池肉林、または元の世界で『あなたを死ななかった事に、いえ、五体満足で奇跡的に助かる』という風にすることもお約束します。ですので、どうか、我々の世界、ヘヴラージュをお救い下さいませ」
アステナは言い終えると、光の塊が現れ、俺の中に吸い込まれていく。俺は何か言おうとしたがその前に意識が遠のき目の前が真っ暗になった。
一人の人間を送り出した後、アステナは倒れるように座り込む。転生の儀は、彼女に大きな負担を与えた。
(今の我々に出来るのはこれだけですから)
自分の使命を全うし、玉のような汗を拭った後、再び主神の石像に向き直る。
「我が主、ヘヴラージオ。どうかあの者に、いえ、転生していった別世界の者達に、多大な幸運が訪れるよう」
それだけ言い終えると、再び祈りの唄を歌いだす。
今の自分に出来るのはこれだけだから、という様に。
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