死んでも金が欲しい
城から上等なワインを拝借しつつ、二人はタヴロッサの冒険者ギルドへと凱旋した。
その顔には疲労と、それ以上の安堵が浮かんでいる。
「依頼達成だ。廃城の亡霊騎士は我々が討伐した」
ラクレスが、受付カウンターで淡々と告げる。
その言葉にギルド内は水を打ったように静まり返った。
まさか、本当にあの厄介な依頼を、この二人組が達成してくるとは誰も思っていなかったのだ。
「……本当かい? 証拠は?」
受付嬢が、疑わしげな目で尋ねる。
すると、待ってましたとばかりにクーネルが一歩前に出た。
「このクーネルの言葉が信じられぬと申すか。この勇者ラクレスの活躍、しかとこの目で見てきたわ」
「いや目で見たって言われてもねぇ」
彼女は身振り手振りを交え、大げさな口調で語り始めた。
もちろん、その内容は嘘八百のデタラメである。
「闇に潜む亡霊の群れ! 絶体絶命の窮地にこの勇者、敢然と立ち向かい! 聖なる剣を一閃すれば、悪霊どもは光の粒となって消え去ったのじゃ! おお、なんという神々しい光景であったことか!」
自分の手柄(主に魔剣の暴走)は全て棚に上げ、ラクレスを英雄として褒め称える。
それは自分の正体を隠し、あくまで「自分は大したことしないので詮索しないでください」という演技だった。
ラクレスは隣で(そんな大層なもんじゃなかったんだが……)と、ツッコミたくてたまらないのを、必死にこらえていた。
「分かったよ。後で、うちの調査隊を向かわせる。それで、アンデッドの痕跡が確認できれば、正式に依頼達成としよう」
受付嬢は半信半疑ながらもそう言って手続きを進めた。
数時間後、調査隊からの報告が届く。
「……間違いありません。廃城の地下から、アンデッドの残骸が多数発見されました」
調査に出た斥候が、興奮気味に報告する。
「どうやら、あの廃城を根城にしていた盗賊団が、どこからか入り込んできた強力な悪霊に呪われ、アンデッド化させられていたようです。旅人を襲っていたのも生前の習性が残っていたのでしょう」
その真相にギルド内は再びどよめいた。
受付嬢は神妙な顔つきで、こう付け加えた。
「しかし妙だね。こんな強力な悪霊が、集団を丸ごとアンデッド化させるなんて事件、この辺りじゃ聞いたことがない。……最近、どうも魔族の動きが、妙に活発になっているような気がするんだよ」
彼女は独り言のようにそう呟いた。
その言葉の本当の意味を、この場にいる誰も理解していない。
魔王軍の力の均衡を保っていた『黄金のクーネル蛇将軍』という重しが外れたことで、世界のバランスが少しずつ、しかし確実に歪み始めているということを。
◇◇◇◇
無事に金貨10枚の報酬を手にした二人はギルドを後にした。
その足で、クーネルは一目散にあの闇市へと向かった。
「店主、あのブローチを寄越せ。代金はこれじゃ」
クーネルは金貨5枚をカウンターに叩きつけるように置いた。
店主は相変わらず不気味に、目も合わさず、例のウロボロスのブローチを差し出す。
クーネルはそれをひったくるように受け取ると、うっとりとした表情で眺め始めた。
そうして小さな口で、ブローチにキスをした。
「あぁ、思ったとーりじゃ。最高じゃなぁ」
「……そんなに嬉しいのか。まぁ君が喜んでくれるなら少しは頑張ったかいがあったよ」
ラクレスが、ぽつりと尋ねる。
彼にはこの黒い石の塊の価値が、さっぱり分からなかった。
だが目の前の少女が、これほど嬉しそうにしているのを見るのは初めてだった。
どこか保護者のような感情が、ラクレスの心に芽生え始めていた。
「しかし、分からんのう」
クーネルはブローチを眺めながら、ふと呟いた。
「人間というのはなぜ、こうも金というものに執着するのか」
「彼らは金を奪う事でのみ生を感じられる。そういう生き方しかできなかったんだ…」
「じゃからこそ、生を渇望するアンデットが、無意味に人から金を奪うと…」
「盗賊ってそういう連中なんだよ…」
「金とは、死してなお集めたがるほどなのか……? 全く、理解ができぬ」
その言葉には絶対的な捕食者であった元四天王としての、純粋な価値観が滲み出ていた。
彼女にとって価値あるものとは美味い飯か、快適な寝床か、あるいは己のプライド。それだけだ。
彼女は闇市の薄汚い店主を一瞥すると、ラクレスにだけ聞こえるような小声で、ぽつりと言った。
「見ろ小僧。あやつ、死んだ後でもここで商売を続けるとるぞ。勤勉なアンデットもおるもんじゃな」
「……え?」
ラクレスが、ぎょっとして店主を見る。
痩せて、土気色の顔をした男。そう言われてみれば、その瞳の奥には生気が全く感じられないような……。
そういえば、あんなアンデットだらけの廃城から、どうやって店主はこれを持ち帰ってきたのか……。
生きて帰って来れるはずがない。
そう、生きていれば…。
「さ、ゆくぞ小僧」
ラクレスが固まっている間にクーネルは手に入れたばかりのブローチにためらいなく、ガブリとかじりついた。
ガリッ! ゴリゴリッ!
「んむっ……! うむ、美味い! 先ほど舐めた時も思うたが、この魂の澱が凝縮されたような、ほろ苦くて濃厚な味わい……たまらんのう!」
彼女はまるで極上のビスケットでも食べるかのように禍々しい魔力の塊であるブローチを、幸せそうに味わい始めた。
その奇行にラクレスは気づくはずもなく、ただただ、闇市で永遠に働き続ける愚かな男の姿を眺めていた。
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