悪役顔の平民令嬢、裏の支配者《裏ボス》になる
皇冃皐月
第1話 クラウン・ノワール発足
――第一印象は、顔。特に目が大事。
そう言ったのは、昔通っていた村の老教師だったけれど、私は今、深くその意味を噛みしめていた。
初日から、誰も目を合わせてくれない。
教室に入った瞬間、ざわりと空気が動いた。周囲の生徒たちが一瞬で距離を取り、なぜか隣の席だけぽっかりと空いている。
それが、貴族学園『リュクス・ロゼ』での私の始まりだった。
どうしよう。
学園デビュー大失敗だ。
◆◇◆◇◆◇
私の名前はシアナ・エクレール。
名門でも名家でもない、辺境の村で育ったごく普通の平民だ。
ちょっとだけ頭が良くて、ちょっとだけ魔法が使えた。
結果、この貴族学園に特待生として入学することが認められた。
そんな私は──ちょっとだけ顔が怖いらしい。
大きな目と白銀の髪、つり気味のまつ毛。表情を作るのが苦手な私は、無表情でいるとどうしても『睨んでる』と誤解されてしまう。
もちろん悪気なんてない。むしろ目立たないように、静かに、ひっそりと三年間を乗り切るつもりだったのに……。
なぜか、隣の生徒が震えている。
「…………ひぃッ」
隣の席の、ふわふわの金髪の令嬢は声を上擦らせた。
私と目が合っただけで小さく肩をすくめた。手がわずかに震えているのが見える。
今にも泣き出しそうなかおをしている。
私、何かした……?
できるだけ怖くない、優しい顔を。
そう思って頬の筋肉を無理やり持ち上げて、ぎこちなく微笑んでみる。が、
「っ……す、すみませんでしたっ……!」
その子は立ち上がって席を離れてしまった。
なぜ。
なぜ。
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。
私の中で、平穏な学園生活の夢が静かに崩れ落ちた。
◆◇◆◇◆◇
そんな騒動の後も、周囲の生徒は明らかに私を避けている。
私の席を中心に、ぐるりと半径一メートルの空白地帯ができている。
──まるで、私が何か恐ろしい『モノ』であるかのように。
お昼休みも一人だった。誰も近寄ってこない。静かで、居心地は……正直、ちょっと寂しい。
だから、私は一冊の本を開いた。
いつものように、物語の中に沈み込むように飛び込んだそのときだった。
す、と目の前に影が差した。
「ご一緒しても、よろしいですか?」
見上げると、そこにはあの金髪の令嬢がいた。
隣の席から離れてしまった、あの子。
だがその表情は、恐れではなかった。
むしろ、なぜか──うっとりしている? 覚悟のようなものも同時に感じられた。
「わ、私はフィナ・マカロンと申します。マカロン公爵家の長女で……あの、シアナ様!」
様?
マカロン家は国でも有力貴族の一つ。先祖代々国の国庫を握っている家だ。
王族からも信頼を寄せられていて、そんなマカロン家の長女である彼女はきっと将来の財務大臣候補なのだろう。
少なくとも私に、『様』を付けるような格の人ではない。
むしろ、平民の癖にこんなところに来るなんてありあない、というように罵ったり、蔑んだり、するべきような人。
なのに、『様』を付けた。
警戒しないわけにはいかない。
「……あの、私、誤解していたんです。シアナ様は、恐ろしい方なんかじゃない……! その目の奥には、孤高の強さと、燃えるような誇りが見えました……!」
「な、なにを言っているんですか……?」
別にそんな誇りとかないけど。
普通に誰とも仲良くなれない寂寥感を募らせながら本を読んでいただけなんだが。
「その背筋、その本のめくり方、全てが美しい。どうか、弟子にしてください!」
「えっ。弟子? 弟子って……」
「どうか、シアナ様の教えを、私に──!」
フィナは、周囲の目も気にせず、胸に手を当てて頭を下げた。
その瞬間、教室中がざわめいた。
「マカロン家の令嬢が、あの平民の子に……?」
「なにあの空気……何者なの、シアナ・エクレール……!」
……待って。
私、本当にただ本を読んでいただけなんだけど……。
「シアナ様。実は裏で派閥を牛耳る裏ボスなんですよね?」
「いや、違うが?」
「私知ってますよ?」
話が飛躍していた。
そんなものないのだが。
勢いからして、違うよと否定したところで納得するとは思えない。実際軽く否定しても引く様子はないし。押してダメなら引いてみろ、ってね。
「……ふふ、そう。よくわかったね。私は……クラウン・ノワールのボス、だよ」
たまたま開いていたページにあったそれっぽい単語を口にする。
適当にいなしておけばすぐに勘違いって気付くだろう。
「やはり……ッ! 私を仲間に入れてもらえませんか?」
「それじゃあなんかあったら、声かけるからね」
仲間もなにも君しかいないけど。
「お待ちしてます!」
「あっ、裏の組織だから。ダメだよ、表で喋ったら」
「はい、もちろんです」
釘も刺したし、大きな問題にはならないだろう。
あとは彼女が忘れるのを待つだけ。
この時の私は、すぐに忘れて、なかったことになるだろう。そう楽観視していた。
本人だけが、それに気づいていなかった。
◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇
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