第8話 “親子の愛”


 人間無骨の亡骸を後にして、無事に三人と合流した俺。

 ヤードさんとの約束通り事の次第を説明すると、ヤードさんはただ静かに俺の頭をがしがしと撫でて一言、よくやったと言った。

 俺の目からは、何故だか涙がひと筋流れた。


 「おにーちゃん、どこか……痛いの?」


 そう心配そうに聞くペティルに、俺はただ大丈夫だよと返すことしか出来なくて。誤魔化すように今度は俺が彼女の頭を撫でた。

 きっとこれから先も同じようなことがある。生きるための戦い。いつか慣れてしまうのだろうか。そんなことを考えて、寂しさとやるせなさを感じてしまう。

 今思えば洗礼の儀式は、殺すことへの抵抗感を薄れさせる行程でもあるのだろう。これは正しい行いだと自己を正当化させるための、悪く言えば洗脳に近いそれ。

 あのとき流されて、ペティルを殺してしまっていたとして果たして俺は自分を肯定してやれただろうか。

 撫でられて気持ちよさそうに目を細める彼女を見て俺はそんなを考えてしまうのだった。


 「それにしても魔力の暴走ねぇ……。それって俺たちにも起こるんかな」


 ヤードさんの言葉に反応する様に、俺の胸元から光球が飛び出てきた。ティモアが自分から出てくるなんて珍しい。

 

 「起こるんだよ。あと魔力じゃなくて煌力なんだよ」

 「げ、それは怖いなぁ——ってなんだコレ?!」

 「あ。ヤードさん知らなかったんだそういえば」


 ティモアのことを知らずに驚くヤードさんに、彼女のことを説明する。ヤードさんは驚きながらも意思を持った煌力の塊に興味津々な様子だ。


 「で、俺らにもその魔力「煌力なんだよ」あぁごめん。煌力の暴走があるって本当か?」

 「本当なんだよ。本来は力の限界突破、覚醒スーパーノヴァっていうんだけどね。この辺りはさっきケントが説明した通りなんだよ。人間無骨のように煌力に耐えられず死ぬか、耐えて次の段階へ進むかの違いさ。それは当然煌力を持つ人間の誰にも起こりうるんだよ」

 「なんつーか、強くはなりたいけどそれ聞くとやっぱりいいかなって思ってしまうな」

 「当然なんだよ。力には相応の代償がある。楽に強くなれるだなんて幻想ゆめは捨てておくに越したことないんだよ」


 明滅しながら、ティモアは諭す様に言った。

 代償の無い力は無い。だとすれば勇者の持つ晶力にはどんな代償があるのだろう。聞こうと思ったけれど、自分の目で確かめな、なんて言われそうだからやめた。

 

 『よくわかってるじゃないか』

 (さらっと心読まんといて……)


 お見通しだった。


 「まぁ、覚醒が起こるのだってほんの一握り。余程のことがないと起こらないから安心するといいんだよ」


 それを聞いてヤードさんは安堵しつつも少し残念そうだ。分かるよ。そういうの、ロマンだもんね。


 「ティモアちゃん、あそぼー!」

 「ペティルー、お医者さんから頼まれた薬草取りに行ってる途中だよー。遊ぶのは帰ってからにしましょーねー」

 「そうだった!おしごと!」

 「うんうん。元気いっぱいで良い子なんだよ。子どもはそうでなくちゃ。こんな子が居れば魔族の未来は明るいんだよ」

 「なんかそれババくさいぞティモア」


 俺がそう言った瞬間、目の先でピカーッとティモアが強く発光した。凄い、視界が真っ暗だ。前が見えねぇ……。

 そんな俺を見たのかプリムが、ノンデリ……と呟いた。

 何も言い返すことが出来ないので、俺はこの罰を甘んじて受けることにする。女性に年齢の話は禁句だ。


 なお歩くこと三十分程。

 疲れたペティルを肩車しながら歩いていると、ヤードさんが声を上げた。

 

 「見えたぞ!頼まれた薬草の群生地だ」


 言われて彼が指差した方を見ると、そこにはまるで他の雑草から、隔離されている孤島のごとく生い茂る鮮やかな緑の草むらがあった。

 近付くにつれて、まるでミントのような爽やかな香りが風に乗って鼻腔をくすぐる。見分けつきますかねと聞いた俺に、分かりやすいよとマーティンさんが教えてくれた、一際綺麗な緑の葉を持っていてスーッとする香りがするという特徴にピッタリと当てはまる。これは確かに分かりやすい。

 さっそく近付いて採取を始める一行いっこう

 薬効のある葉を傷付けないように丁寧に採って、袋に詰めていく。


 「そういえばマーティンさんに聞いたんですけど、これ”スナオぐさ”って名前なんですね。変わった名前」

 「俺も最初思ったなそれ。曰く、傷が素直に治るかららしい。そのまんまかよって思ったよ」

 「補足ですけどー、その名前を付けたのが人歴以前の勇者さまらしいですよー。医術の講義で聞きましたー」

 「結構歴史あるんだな……。今は六百六十六666年なんだっけ。……なんか不吉だなぁ」

 「あー。そう言う勇者さまもいるみたいですねー」


 キリスト教圏の人なのだろうか。俺はマンガ知識でしかないから詳しいことは分からないが、これが4,444年だったら俺はもっと気味悪がっただろう。

 なんだったか。666は悪魔だか獣の数字だと言われていたはず。そんな年にイレギュラーな召喚をされた俺としては少し先行きが不安になる。


 「魔族の俺としては少し複雑な気分だなぁ。こうして恩恵に預かってるから文句は言えないけどさ」

 「あっ、すみません。そこまで気が回ってませんでした」

 

 別に気にしなくていいよ。

 そう言って苦笑するヤードさんに、魔族と勇者の間にある深い溝の存在を意識してしまう。

 ひとりで勝手に少し気まずくなって、黙々と採取を続けていると、いつの間にか袋いっぱいのスナオ草が採れた。

 他の面子も同じようで、そろそろ戻ろうといった空気になったときにペティルが声を上げた。


 「あっ!きれいなお花!」


 彼女がそう言ってパタパタと走る先を見ると、一際目立つ一輪の白い花があった。


 「お!運がいいなペティル。それはスナオ草の花だ。こいつは滅多に花を咲かせないから貴重だぞー?」

 「これ、おかーさんにあげたい!」

 「いいんじゃないですかー?きっと喜びますよー。お花さんにしっかりお礼を言って丁寧に摘んでくださいねー」


 意外にも応えたのはプリムだった。

 すっかりとお姉ちゃんが板についている。なんてことを言うとまた仕返しを喰らうんだろうな。

 そんな事を思っていると、スススとプリムがこちらに近寄ってきた。すわ心を読まれたかと身構えていると、プリムは顔を俺の耳に寄せて小さな声で話しかけてきた。

 なんだかいい匂いが漂ってきて少しドキドキする。


 「スナオ草の花言葉は健康。そして咲いた花の花言葉は親子の愛、なんですよー」

 「へぇ。それで何でまた小声でそれを?」

 「こうするため、ですよー」

 「え?——痛たたたたたたッ?!」


 耳をぐいと引っ張られた。

 すっかり油断していたから余計に痛い。さっきのドキドキを返して欲しい。


 「どーせまたお姉ちゃんしてるーだとか思ってましたよねー?お見通しですー」

 「ごめんって!でもそう見えるしプリムだって悪い気してないだろ?」

 「それは……ソウデスケドー。なんかケントさまに言われるの、ムカつきますー」

 「えぇ……」


 複雑な乙女心、というやつなのだろうか。

 ひとしきり俺の耳を弄んだプリムは、ぷいっとこちらに背を向けて、聞こえるか聞こえないぐらいの声で呟いた。


 「……私、親いないんで、ペティルには親孝行してもらいたいんです」


 果たしてそれは俺が聞いていいものだったのか。そもそもプリム自身が意識的に発したのか分からないその言葉に、俺は何かを返すことができなかった。

 親がいない、か。俺も親を置いて、転生したとはいえ死んだ身だ。プリムの言葉はそんな俺の、ペティルに対する思いと同じだった。

 花を摘んだペティルがこちらに駆け寄ってきてニパリと笑顔を咲かせる。その顔を見て、俺は彼女の頭を撫でながら伝えるのだ。


 「パトラさん……お母さん、喜んでくれるといいな!」

 「うん!」


 ——俺が返せないものをきっと彼女は返せますようにと願いを込めて。

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