第8話
やわらかく揺れる午後の日差しを取り込んだ部屋中。
リラの魔法は優しい香りに溶け込んで、ゆっくりとミオを包み込んでいる。
オレンジとラベンダーの香りが鼻腔を通るたびに、ミオの心に不思議な感覚を呼び起こしていた。
顔を伏せたまま、小さな手を膝の上で強く握りしめているミオ。
リラの魔法が、ミオの微かに開いた心の隙間を優しく撫でる。
それに呼応するかのように、ミオの肩が震えはじめた。
小さな口から漏れ出す嗚咽。
蓋をしていた感情が、涙と一緒に溢れ出す。
「……ぼくが……ぼくが、みんなを……」
たどたどしくも、紡がれる言葉。
「ぼくが母上に触れたから……婆やのそばにいたから……ぼくのせいで……みんな……!」
ずっとミオの心を覆っていた、ひどく悲しい記憶は、懺悔の言葉となって紡がれた。
痛みを乗せたその言葉は、リラの胸を締め付ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」と繰り返すミオ。
リラはそっとミオの側に腰を下ろすと、静かに思いを受け止めた。
ただそばにいて、静かにその言葉に耳を傾ける。
何も言葉を挟まず、また否定もせず。
ただただ、ミオが思いを出し切ってしまう瞬間を、静かに待った。
徐々に緩やかになっていくミオの慟哭。
しゃくりあげるような呼吸が穏やかになるのを待って、リラは口を開いた。
「……ミオくん。流行病ってね、“誰かひとりのせい”で起きるものじゃないんだよ。
お医者さまや森に伝わる知恵でも、病気が広がる時はいろんな場所で同じように人が苦しむって言われているの。
ミオくんの国でも、きっと同じような病気の人が他にもいたんじゃないかな?
町の人や村の人、家族や友だち……誰がどこでうつるか、誰にも分からないくらい、病気は見えない風みたいに広がることがあるの。
お水や食べ物、町でおしゃべりしただけでも……旅する人が知らないうちに運んでくることもある。
だから、“ミオくんのせい”なんて、絶対に違うよ。」
いく筋もの涙の跡を残した顔を、ゆっくりと上げて、リラの言葉に耳を傾けるミオ。
戸惑いと、微かな安堵を讃えた瞳でリラに尋ねた。
「……ほんとうに……?」
リラは静かにうなずく。
「ほんとうだよ。誰も、誰かひとりを責めることなんてできない。
大切なのは、これからみんなが元気になれるように知恵を持ち寄ること」
沈黙が、部屋を満たす香りを意識させる。
優しく香るオレンジとラベンダーが、ミオの記憶に語りかける。
どこか懐かしくて、温かい思いが蘇る。
母がやさしく両腕で抱きしめてくれたときのぬくもり。
大きな父の手が、何も言わずに頭を撫でてくれた安心。
婆やのあたたかな眼差し。
家族みんなで囲んだ食卓の明るい笑い声。
そして、周りにいた人々のやわらかな笑顔。
過ぎ去った遠い記憶が、今、優しい思い出になってミオを包み込んだ。
暗く冷たい心の底に、優しく柔らかな光が灯る。
静かにリラは問いかけた。
「ミオくんの手に、触れてもいい?」
ミオは驚いたように顔を上げ、戸惑いながらも小さく頷く。
そっとやさしく、ミオの手に自らの両手を重ねたリラ。
その手から漏れ出す、暖かな光。
ゆっくりと光がミオの体を覆っていくと、燻っていた奥底の痛みと微熱が、引いていく感覚がした。
ふっと肩の力を抜いたミオは、深く息を吸い込んだ。
そして、重ねられた手を見つめる。
ミオの思いが、リラに流れ込む。
『流行病は、僕のせいじゃなかったんだ……』
リラは優しく微笑んで頷いた。
「そう、誰かひとりのせいじゃない」
小屋に漂う優しい時間は、ミオの痛みを流すようだった。
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