1 埋め合わせ

 「行ってきまーす」「由里子、早く行くよ、遅刻しちゃうよ」「体操服持った?」「今日さ、放課後缶蹴りしよーよ」「まだ宿舎出たばっかりなのにもう放課後の話?」「いいじゃん学校つまんないもん」ごくありふれた光景である。聞こえるはずのない雪の音が聞こえる。シーンとかツーンとか、冬の早朝の、つもりに積もった雪が奏でる音色は、人々の胸の高鳴りの鼓動とともに交響曲をつくりだす。歳を重ねるごとに煩わしくなる雪という個体は、小学生には格好の遊び道具である。まさに冬限定の友達である。

 「ケイトさん、今日習字セット持って帰ってくるから。あと、給食袋!洗濯おねがいね」ケイトさんは宿舎で勤務するお姉さんで、十九歳だ。由里子はケイトさんと仲がいい。宿舎にはたくさんの人が働いているけれど、ケイトさんが一番好きだ。宿舎は小学校の隣にある。同じ宿舎の子たちは、みんな同じ学校に通う。だから、移動するだけで日中も夜も朝も、顔ぶれは変わらない。中学校になると、同じ校区の三もしくは四つの小学校が合わさって、総勢千人くらいの規模になる。校区が広くなる分、宿舎からもちょっぴり遠くなる。高校は自由だ。好きなところに通える。もちろん受験という闘いに勝ったら、という話ではある。宿舎から通えない距離の高校に進学する子は、寮に入る。高校卒業後は大学進学か就職だ。もちろんまだ由里子は決めてない。たとえ小学校で一番成績が良くても、まだ小学六年生の十二歳。将来のことより、今日の放課後のほうが何十倍も大事だ。

 今日は冬休み前最後の登校で、書初めの宿題のために習字セットを持ち帰る。由里子は習字が得意だった。毎年、年明けの書初め大会では金賞をもらっていた。クラスの子たちからは、習字の師匠としてあがめられていた。ひとり、晃太郎を除いて。

 「ただいまー。めっちゃ重かったよ、袋やぶれちゃったよ。なんでいっつも最終日って荷物多くなるんだろう」宿舎の玄関で、由里子は両肩の荷物をおろした。まるで、長時間着ていた浴衣を脱ぐ時くらいに気持ちがよかった。館内は、既に帰ってきていた低学年の子たちの叫び声が響き渡っている。数年前は自分もこんなだったのかと、ちょっぴり思ったのもつかの間、「今日のおやつはアルフォートです」という掲示を見て胸を躍らせる自分がいることに気が付いた瞬間、あと数か月で中学生になれるのかと不安になった。まだ、無邪気な小学生でいたかった。

 「由里子、なあ、缶蹴りしよ!」待ち構えていたように五、六人が缶を持って走ってきた。あ、それ私が今日飲もうと思っていたサイダー、という気持ちを抑え込み、「はいよ、今行く!」と由里子は自室へ荷物を置きに駆け出した。自分が我慢すれば世の中はうまくいく。ケイトさんたち宿舎の職員に怒られることもない。良い子でいることは、良い子を演じることは、由里子にとってこの世で生きていく術であった。

 この術を身につけて以降、誰かと喧嘩することもなく、また宿舎で大きな騒ぎを起こすこともなく、平穏に過ごせていた。職員に怒られ泣き出す子や、殴り合いをする子たちを制裁する職員を横目に、なんで我慢しないのだろうと思っていた。


 歳を重ねても、常に周囲に迷惑をかけず、宿舎では模範生として生活していた。職員から褒められることが生きがいとなっていた。「すごいね」「由里子に任せとけば安心」「さすが」「なんでもできるよな」褒められることがもはや当たり前であり、何も言われないことの方が怖かった。

 高校卒業後は、世田谷区の宿舎で勤務することとなった。宿舎での生活態度が評価され、宿舎長が由里子を推薦していたと知ったのは、就職して三か月経ってからであった。由里子の生活していた宿舎と場所は違うものの、さすがこの国。生活規則や宿舎の設備などすべての質が同じであった。高校生までの子たちが生活し、日勤と夜勤が交代して彼らの生活を維持する。働き出してからも、ケイトさんとは連絡をとっていた。時折、由里子は仕事の相談にのってもらい、おかげでこれといった悩み事もなく日々過ごしていた。

 ただひとつ、「愛」というものの正体がわからないということを除いて。


 由里子が高校生の頃、数人のクラスメイトが交際していた。誰々が誰々と付き合ったらしい、振られたらしい、アルバイト先の先輩に貢がれているらしい……。由里子は、そんな噂話や恋愛トークに興味がなかった。興味がないというよりかは、自分と置き換えて、自分と照らし合わせて、自分を投影して話に交じることができないがために、親近感を抱くことができなかったのだ。恋愛をするクラスメイトたちは、恋愛が生活の大部分を占めているようであった。返信が遅いとか、朝迎えに来てくれたとか、違う人と遊びに行っているのを見てしまったとか、事あるごとに一喜一憂しているようだった。

 「この人かっこよくない?」そう聞かれても、よくわからなかった。「あー、たしかに、かっこいい!顔筋綺麗だよね!」いつも当たり障りない言葉を、ロボットのように発した。自分ではない誰かが、自分の口で代わりに喋っている感覚だった。「今日さ、彼氏にハーフアップかわいいって褒められたの!」キラキラした眼と共に、そう話しながら駆け寄ってくるクラスメイトが理解できなかった。由里子が褒められて一番嬉しいのは、宿舎の職員だったから。可愛く着飾っても、誰かに優しくしても、褒められるとは限らない。もちろん、必ずしも好かれるとも言えない。だけど宿舎なら、宿舎であれば、規則に従い、良い子でいるだけで、例えば自分が任せられた以上の掃除当番をするだけで、必ず褒められた。だから、クラスメイトの話がわからなくても、自分が恋愛をしていなくても、事足りていた。高校を卒業するまでは。


 卒業して働き出してから、一人暮らしとなった。毎日毎日、家と勤務先の往復で、たまに本屋に立ち寄るくらいだった。考えてみると、家と学校の往復だったころとあまり変化はない。宿舎の共同生活から離れ、毎日顔を合わせていた子たちがいないだけで、特段彼らを友達とかいう言葉で表現できるものと捉えていなかったのもあって、寂しいとかそういう感情も抱かなかった。だけど、由里子は常にぽっかり穴が開いている気分だった。仕事をしていても、家でごはんを食べていても、ハリー・ポッターの世界を妄想していても。「ほら、宿題やったの?」「由里子さーーーん。見て見てー。今日図工で絵描いたの!」「これなに?」「ジンベエザメ! 水族館でいつか本物に挨拶するのが僕の夢なの!」画用紙の左上に、「自分の夢:柊一星」とやや不格好に書かれていた。私の夢ってなんだったっけな。そう思い返しながら、「すごいじゃん、綺麗に描けたね。いつか水族館行けるといいね」と微笑んだ。ただ、その微笑みは仮面でしかなかった。一星が嫌いとか、苦手とか、面倒とか、そういうのじゃない。単純に、仕事として、一星に定型文を返したまでであった。もしこれが、一星のことを好きな人だったら、違ったのだろう。


 宿舎には大勢の子がいるし、一日に何回も褒める。時には怒るし、諭す時もある。でもそれは、業務であり、この子達の為、とか、そういうのではない。全員に等しく接するし、だから誰かひとりに感情移入することもない。これに気がついたのは、働き出してからだった。

 自分が宿舎で生活しているころは、ケイトさんに夢中だった。ケイトさんに褒められたら嬉しくて、怒られないかと冷や冷やしていた。でもそれは、ケイトさん以外の職員でも同じだった。職員からの誉め言葉が何よりもの生きがいで、自分の商品価値を保ってくれていた。

 このところ、何かわからないが冴えない感情を抱いていたのは、これが原因だった。褒められるということがなくなったからだった。確実に忠実に仕事をこなしても、それは給与という対価のためで、あたりまえであった。友達というカテゴリーを持たない由里子は、完全なるひとりだった。通勤中に、ゴミを拾っても誰も見ていないし、観光客に道案内しても返ってくる言葉は「ありがとう」だ。褒めてくれない。由里子は、褒められたかった。誰かに。誰でもいいから。褒められることで、自分を、自分の心を、自分の商品価値を保ってきたのだから、褒められなくなったら、限界がくるのも当然だった。


 「え、由里子じゃん、由里子だよね?ひさしぶりー。元気にしてた?」「あ、うん、ひさしぶり。宿舎出て以来だよね?えっとー、横の……」「あ、私の大学の先輩。大学院生の宮崎大輝さん」「こんにちは、倫子の友達の由里子です」由里子はこういう時だけ、友達という肩書を使うようにしていた。仕事帰りのスーパーだった。高校卒業後大学に進学した子で、アルバイトと勉強を両立させた者だけがいける大学という機関に、彼女は見事合格していた。この社会では、高校までは国の税金で生活費や学費がまかなわれる。もちろん宿舎の設備費も含んでいる。しかし、高校卒業後は社会に放りだされ、自ら稼いで生活しなくてはいけない。だから、大学へ行く者は、学費と生活費を高校のうちに稼ぐ必要があった。つまり、超エリートである。彼女もまた、由里子と同様で、良い子だった。宿舎のツートップだった。


 その日、帰宅してから由里子は困惑していた。彼女は私と同じように、色恋沙汰には交えない子だった。自分の仲間がいなくなったから、ショックを受けたわけではなかった。自分は未だに、褒められるという事象を生きがいとしているのに、周囲は歳を重ねるごとに生きがいの対象を変えているという事実を突きつけられて、絶望していた。由里子にとって世の中にあふれる恋愛ソングは、小学生の音読でしかなかった。褒められたら嬉しいのに、褒められたいとは思うのに、好かれたいとは思えなかった。そもそも好きが何かわからない。宿舎では多くの職員にお世話になった。愛情もって接していただいた。だけどそれは、個人から大多数への愛情であって、個人から個人、すなわち職員一人から私だけへの愛情ではなかった。それに、今の由里子と同様に、見せかけの愛情であって、ただの業務にすぎなかっただろう。

 どちらにせよ、由里子にとって生きがいは褒められることであり、褒められるか否かが自分の価値を決定していた。褒められるという行為が、愛情に変換されていたと言えるかもしれない。誰かに愛されることで、安心したり、嬉しくなったり、時にはその誰かのために仕事を頑張ったり、無理をしたり、そういうことが、由里子の場合は、誰かに褒められることで、安心したり、嬉しくなったり、時には褒められるために仕事を頑張ったり、無理をしたりしたのだった。


 そういう由里子だったが、一度だけ、交際をしたことがあった。それが晃太郎だった。働き出してすぐ、各宿舎の職員との交流会があり、彼と再会した。「俺のこと、覚えてる?」忘れているはずもなかった。宿舎で十二年も共に過ごした間柄である。彼は、由里子とどこか似た雰囲気を帯びていた。周囲とは一歩引いて、物事を客観しているような少年だった。書初め大会で、クラスメイトがぎゃーぎゃー私に群がり指導を乞うなか、彼ただ一人、遠くから眺めていた。「交際してほしい。由里子といると、安心するんだ。喋っていなくても、同じ空間にいるだけで、ほっとするんだ」ある日、仕事が終わり宿舎から出る私を待ち構えていた晃太郎はそう言った。

 「はい」なぜそのような返事をしたのかは、今でもわからない。たぶん、いやおそらく、なんとなくだが、そう返事をした方が、円滑に物事が進む、そう思ったのだろう。良い子だったから。ここで断った方が煩わしい。言われたことに従い、規則に従い、怒られないように、相手を不快にさせないように、それが術だ。半年ほどは関係が続いた。映画を見たり、カフェに行ったり、近所のスーパーに買い出しに行ってごはんを作ったりした。けど、由里子は好きではないのだから、この関係にも限界が来た。自分から別れを告げた。褒められなかったのが、しんどかった。褒めてほしかった。好きとか、そんなものどうでもよかった。褒められることが由里子の全てだった。


 よく人は、愛情に飢えていると言う。恋人が欲しい、結婚したい。けれど由里子は、褒められることに飢えていた。ぽっかり空いた穴は、誰かからの愛情では埋まらなかった。良い子でいる自分が何よりも好きで、良い子でいれば確実に褒められるという対価があることが、理解しやすかったし、裏切られることもなかった。どれだけ人を好きになっても、どれだけ自分が愛していても、同等のモノが返ってくるかどうか不明瞭な恋愛とは違って。


 由里子は今日も働きに、宿舎に向かった。もう一生、褒められることなく、穴を開けたままなのだろうと将来を諦めたまま。消化されれば消えてしまう食べ物で、その穴を一時的に満たしながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る