第5話 記憶のノートと感情のレシピ
「このノート、なんか怖くない? 願いが叶うとか、呪いのアイテムみたい」
朝、シェルが持ってきた古いノートを見て、わたしは思わずつぶやいた。
表紙には銀の月と金の太陽が重なった紋章。触ると、ピリピリと魔力を感じる。
「記憶ノートは危険も伴う」
シェルが真剣な顔で言う。紫の宝石が、警告するように点滅している。
「書いた内容によっては、予期せぬことが起きる。特に、強い願いは——」
「現実になる?」
王子が息を呑む。
「正確には、現実を歪める力がある」
怖い。でも、王子の記憶を取り戻すには必要かもしれない。
「とりあえず、使ってみよう」
王子がペンを取った。震える手で、最初のページに書き始める。
『覚えていること その1
誰かと約束した。小さい頃。
でも、内容が思い出せない。
ただ、とても大切な約束だった』
文字を書き終えると、ノートから薄い光が立ち上った。
映像が浮かび上がる。
小さな王子と、もう一人の子ども。手をつないでいる。
でも、相手の顔がぼやけて見えない。
「また、見えない」
王子が悔しそうに言う。
わたしもノートに書いてみた。
『コトハの願い
王子の記憶が全部戻りますように。
呪いが解けますように』
書いた瞬間、ノートが熱くなった。
「あつっ!」
手を離すと、文字が赤く光っている。
「願いが強すぎる」
シェルが飛び上がる。
「一度に大きな願いは危険だ」
文字は少しずつ黒く変色していった。まるで、願いが腐っていくみたい。
「ごめん……」
「大丈夫。でも、気をつけよう」
王子が次のページに書く。
『覚えていること その2
黒い髪の女の子がいた。
いつも一緒にいた。
名前は……ミ……?』
映像が現れる。
昨日現れた、あの影の少女に似ている。でも、もっと明るい表情。
王子と一緒に、笑っている。
「この子……」
王子の顔が青ざめる。
「ミーア。そうだ、ミーアだ」
記憶が急激に戻ってくる。
「幼馴染だった。いつも一緒で……でも、何かあって……」
映像が乱れる。
最後に映ったのは、泣いているミーアの顔。
「ごめんね、ユアン。でも、これしか方法がないの」
声が聞こえた。
王子が頭を抱える。
「彼女が……呪いを?」
「そんな……」
幼馴染が呪いをかけるなんて、どうして?
王子が震えながら、また書く。
『思い出したこと
ミーアは、僕の感情を封印した。
理由は分からない。
でも、彼女も泣いていた』
今度の映像は、もっとはっきりしていた。
城の一室。王子が倒れている。ミーアが呪文を唱えている。
そして——
「私の感情と引き換えに、あなたの感情を封印する」
ミーアの言葉が、部屋に響く。
「そうすれば、あなたは苦しまなくて済む」
映像が消えた。
「引き換え?」
わたしは混乱した。
「つまり、ミーアも感情を失ったってこと?」
「そうみたいだ」
王子が立ち上がる。
「だから、昨日の彼女は無感情だった」
でも、なぜ?
どうして、そんなことを?
シナモンビスケットを作りながら、考える。
『懐かしさを呼ぶ』効果があるビスケット。もっと記憶を思い出せるかもしれない。
生地をこねながら、王子に聞く。
「ミーアとは、どんな関係だったの?」
「親友、かな」
王子が遠い目をする。
「父上が厳しくて、城の中で友達は彼女だけだった」
生地を伸ばして、型で抜く。星の形、月の形、ハートの形。
「一緒に料理もした。彼女、お菓子作りが得意で」
あ、だから王子も作り方を知ってたんだ。
オーブンで焼いている間、ノートの続きを書く。
『コトハの記録
ミーアは、王子を助けようとした?
でも、方法が間違っていた?
感情を封印することが、助けになると思った?』
わたしの推測だけど、きっと何か理由がある。
王子もノートに向かう。
『あの日のこと
母上が亡くなって、僕は……
泣いて、叫んで、壊れそうだった。
その時、ミーアが来て……』
映像が流れる。
号泣する王子。何もかも壊したくなるような、激しい悲しみ。
ミーアが必死に抱きしめている。
「大丈夫、私が何とかする」
ミーアの声が聞こえる。
「こんなに苦しいなら、感情なんていらないよね?」
そうか——
「ミーアは、王子を苦しみから救おうとしたんだ」
でも、方法が間違っていた。
感情を失えば、確かに苦しくない。でも、それは生きていることにならない。
焼き上がったビスケットを、二人で食べる。
シナモンの香りが、記憶を刺激する。
「あ……」
王子の瞳が、月明かりに輝いている。
「明日、ミーアに会いに行く」
「え?」
「このノートがあれば、きっと対話できる」
でも、危険じゃない?
「大丈夫。君がいてくれるなら」
王子の言葉に、胸が熱くなる。
わたしも、王子と一緒なら何でもできる気がする。
「うん、一緒に行く」
窓の外を見ると、感情の花が舞っている。
今夜は、銀色の花が多い。
「銀色は?」
「希望、だよ」
王子が微笑む。
「久しぶりに見た」
記憶ノートを胸に抱きしめる。
このノートが、二人を繋ぐ架け橋。
そして、呪いを解く鍵。
残り時間は、あと50時間。
でも、希望が見えてきた。
ミーアも、本当は王子を助けたかった。
方法が間違っていただけ。
だから、今度は正しい方法で。
二人とも、救ってみせる。
「ノートのやりとりが、もう尊い……!」
小さくつぶやいて、王子が笑った。
「コトハって、時々変なこと言うね」
「変じゃないもん!」
二人で笑い合う。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
でも、まだ終わりじゃない。
本当の戦いは、これから。
感情を取り戻すことの、本当の意味を。
二人で、見つけていかなきゃ。
「このノート、なんか怖くない? 願いが叶うとか、呪いのアイテムみたい」が大きく見開かれる。
「全部思い出した」
そして、涙を流しながら話し始めた。
「母上が亡くなった日、僕は感情を制御できなくなった。悲しみと怒りで、城の物を壊して、使用人を傷つけそうになって」
王子の手が震える。
「ミーアが止めてくれた。でも、僕は彼女にもひどいことを言った。『消えろ』『僕に近づくな』って」
胸が痛む。
「それで、ミーアは決めたんだ。僕から感情を奪うことを」
ノートに、新しい文字が浮かび上がる。
王子が書いていないのに。
『本当は違うよ、ユアン』
ミーアの文字!?
『あなたを苦しめていたのは、感情じゃない。
感情を否定する、周りの大人たち。
でも、私にはそれが分からなかった』
ノートを通じて、ミーアとつながっている?
王子が震える手で書く。
『ミーア、君も苦しんでいるの?』
返事が浮かぶ。
『感情がないって、本当に辛い。
でも、私の呪いは自分で解けない。
あなたが解いてくれるまで、待つしかない』
そうか、二人の呪いは繋がっているんだ。
「どうすれば、呪いが解ける?」
わたしの問いに、新しい文字が現れる。
『二人が同時に、心から願うこと。
「感情を取り戻したい」と。
でも、私はもう願えない。感情がないから』
堂々巡りだ。
でも、方法はあるはず。
王子が決意を込めて書く。
『ミーア、必ず助ける。
君の感情も、取り戻してみせる』
ノートが、温かく光った。
今度は、拒絶されない。
きっと、これが正しい願い。
その夜、王子の部屋から物音がした。
ガシャン——何かが割れる音。
でも、今日は違う。
扉を開けると、王子が割れた花瓶を片付けていた。
「ごめん、うるさかった?」
「大丈夫。でも、どうしたの?」
「練習してたんだ」
王子が照れくさそうに笑う。
「感情のコントロール。急に力が出ても、壊さないように」
そっか。王子も努力してる。
「手伝うよ」
一緒に片付けながら、王子が言った。
「コトハ、ありがとう」
「急にどうしたの?」
「君がいなかったら、ミーアのことも思い出せなかった」
王子の瞳が、月明かりに輝いている。
「明日、ミーアに会いに行く」
「え?」
「このノートがあれば、きっと対話できる」
でも、危険じゃない?
「大丈夫。君がいてくれるなら」
王子の言葉に、胸が熱くなる。
わたしも、王子と一緒なら何でもできる気がする。
「うん、一緒に行く」
窓の外を見ると、感情の花が舞っている。
今夜は、銀色の花が多い。
「銀色は?」
「希望、だよ」
王子が微笑む。
「久しぶりに見た」
記憶ノートを胸に抱きしめる。
このノートが、二人を繋ぐ架け橋。
そして、呪いを解く鍵。
残り時間は、あと50時間。
でも、希望が見えてきた。
ミーアも、本当は王子を助けたかった。
方法が間違っていただけ。
だから、今度は正しい方法で。
二人とも、救ってみせる。
「ノートのやりとりが、もう尊い……!」
小さくつぶやいて、王子が笑った。
「コトハって、時々変なこと言うね」
「変じゃないもん!」
二人で笑い合う。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
でも、まだ終わりじゃない。
本当の戦いは、これから。
感情を取り戻すことの、本当の意味を。
二人で、見つけていかなきゃ。
その夜、王子の部屋から物音がした。
ガシャン——何かが割れる音。
でも、疲れていたわたしは、それを夢うつつで聞き流してしまった。
明日になれば分かることだから。
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