九話 堕天使

 フィオナが背中から黄金に輝く巨大な翼が生えた後に、頭を抱えて何かを呟き始める。

 そのフィオナのただならぬ様子に、振り向いてリゼを見ると、困ったように苦笑いを浮かべていた。

 本当にこの人は.....


 「リゼさん、どうするつもりですか?」

 「ジン、まずはシェイラちゃんを回収」


 フィオナが顔を勢いよく上げ、口端を大きく吊り上げて突如大きな笑い声を上げると、ゆっくりと片手をシェイラに手のひらを向ける。

 シェイラは目の前の光景に固まって動けなくなっているようだ。


 「あはは!また遊べる!いっぱい遊ぼうね!」


 フィオナが楽しげにそう叫ぶ。

 全力で地面を蹴りシェイラを抱え上げて後方に跳び退く。その瞬間、先程いた場所に黄金の血管のようなものが脈打つ淡く輝く銀色の剣が突き刺さる。


 「えー、避けられちゃった」


 剣が突き刺さる場所にフィオナがゆっくり歩み寄り剣を引き抜く。

 以前のフィオナとは打って変わって、禍々しい殺気と狂気が滲み出て、その濃密な死の気配に冷や汗が流れる。

 御伽話に登場する神が遣わす天使のような神々しい姿から慈悲や慈愛などは一切感じられなかった。

 

 「ジン、フィオナちゃんが....」

 

 シェイラがジンを見上げて、怯えた声でそ言う。

 シェイラを抱えたままリゼの側に移動してシェイラを優しく地面に下ろし、リゼに目を向ける。


 「リゼさん、ヤバくなったのでなんとかしてください」


 そう言うとリゼがジンを見据えて楽しげに笑い、手を軽く振る。


 「まだ全然ヤバくないからなんとかしないよ。まずは君達で何とかしたまえ、本当にヤバくなったら助けるからさ。頑張ってねジンくん」


 リゼの言葉に苛立ち舌打ちをすとリゼが愉快そうに笑う。

 リゼから目を外して前を見ると愉快そうに体を揺らしす死の気配を纏う天使が立っていた。こちらを見ているだけで、動く様子はなかった。


 「アッシュこれまでの実績は?」

 「テリオンは、一級五体、二級二十四体、単独討伐、『聖樹の涙』という教団に所属していた推定一級認定の背律者二名の単独討伐」

 

 アッシュの討伐実績は特別一級認定の者と遜色がなかった。特に世界中が恐れる異能犯罪団体に所属する推定一級認定者を二人も討伐したことに驚きを隠せずに思わずアッシュに問いかける。


 「なんで特別一級認定のされないんだ?」


 アッシュはその問いに肩をすくめながら氷剣を生成する。


 「教会直属の調律者が僕のことを気に食わなかったのさ、偶然巻き込まれたから討伐しただけなんだけどね」

 「成程ね」


 教会が定めた律に背を向けて異能を行使する『背律者』を調律討伐する教会直属の対異能精鋭集団、通称『調律者』に先んじて背律者を一介の軍人が討伐したことが気に食わなかったのだろう。

 ジンの隣にヘルマンが並び体に炎を纏わせる。その様子はどこか必死だった。


 「ヘルマン君は下がって、足を引っ張るだけだから」


 そうアッシュがヘルマンに言うと、予想に反して大人しく下がる。その様子はどこか悔しさを感じるものだった。

 シェイラに目を向けると雪のように白い顔が青ざめさせながらも、必死に立ち上がっていた。


 「シェイラ、無理をしなくていい」


 そのシェイラが首を振りフィオナを見据える。


 「見ているだけは嫌なの、足手纏いにはならない」

 「わかった、シェイラはアッシュと共に援護してくれ」


 そうシェイラに言うと、シェイラが力強く頷く。その瞬間フィオナが一瞬で距離を詰めてジンの目の前に現れて脈打つ剣を振り上げる。

 シェイラとアッシュが左右に分かれてアッシュが氷剣が滑らかな軌跡を描きながらフィオナの首筋に迫り、シェイラがフィオナの脇腹に向けて鋭い蹴りを放つが、フィオナの黄金に輝く両翼に防がれ、黄金の両翼が勢いよく広がりアッシュとシェイラを吹き飛ばす。

 そのままフィオナが持つ剣がジンに振り下ろされ、鞘から刃を潰した刀を抜き正面から受け止める。

 受け止めた瞬間あまりの衝撃で足が地面にめり込み、銀色の剣を受け止めた部分に金色の亀裂が走る。


 「あはは!楽しいね!楽しい楽しい楽しい楽しい?楽しいよね?」

 

 フィオナが狂ったように笑いながら顔を寄せてくる。端正に整った美しい顔は狂気に歪んでいた。

 

 「楽しくないからさっさと戻って来い」


 フィオナの剣を力任せに跳ね上げて腹部に蹴りを入れる。フィオナが後方に吹き飛ばされるが地面に剣を突き立てて、体制を立て直す。

 剣を受け止めた部分から、金色の亀裂が全体に走り刀身が砕け、黄金の粒子になって消え失せる。

 

 「楽しくない!痛いよ!痛い!酷いいいぃぃぃ!」


 フィオナがそう叫びながら黄金に輝く巨大な両翼を広げて、飛び上がる。その直後、アッシュが身の丈以上の巨大な氷で作られた大剣を携えて跳び上がりフィオナの片翼に振り下ろす。


 「ああああぁぁ!」

 

 アッシュの剣戟をまともにくらい、フィオナが叫びながら地面に叩きつけられる。

 そのままアッシュが氷の杭を生成し、フィオナの両翼に突き刺しフィオナを地面に固定するのと同時にシェイラがフィオナに駆け出す。アッシュが氷剣を生成し、フィオナに向けて振り下ろそうとした瞬間強烈な悪寒が走る。


 「アッシュ!シェイラ!フィオナから全力で離れろ!」


 そうアッシュとシェイラに叫んだ瞬間、フィオナから半径十メートル程周辺に、銀色に淡く輝く槍が地面から満遍なく突き出る。

 アッシュとシェイラが同時に後方に跳躍し、躱わしてジンに駆け寄る。

 

 「シェイラ、アッシュ、大丈夫か?」

 「うん、大丈夫だよ」

 「なんとかね。結構本気でやらないと駄目かもね....」


 フィオナに目を向けると、周りに突き出ていた槍は既に霧散していた。フィオナが糸に吊り上げられるようにしてゆっくり起き上がる。翼に刺さっていた氷杭が抜け落ち、空いた穴が再生する。

 フィオナの表情から狂気じみた笑みは消え失せ、金色に爛々と輝く無機質な目がこちらに向けられる。

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