第33話 史上最も可愛い戦争
朝日が昇ると共に、地平線に無数の影が現れた。
「来たわね」
エリザベートが双眼鏡を覗く。黒の戦闘服が、朝露に濡れて艶めいている。
「本当に1万人いる...」
子供の大軍が、ぞろぞろと進軍してくる。鎧がぶかぶかで、槍を引きずっている姿は、どこか微笑ましい。
「準備はいい?」
真一が仲間たちを見回す。
「バッチリよ」
アルケミアが自信満々に答える。紫のローブから、怪しげな薬瓶がチラリと見える。
「恐怖の館、完成!」
* * *
一夜で、街の入口に巨大な館を作り上げていた。
正確には、ルシファーの幻術とアルケミアの薬品で作った、究極のお化け屋敷だ。
「千年分の恐怖体験を詰め込んだわ」
ルシファーが得意げに言う。黒いドレスが、不気味に揺れている。
「これで子供たちは...」
「泣いて逃げ出すわね」
リリスも準備万端だ。黒い魔女の衣装で、恐怖を演出する。
「でも、本当に大丈夫?」
美月が心配そうに聞く。白いドレスだけが、この場に似合わない。
「トラウマになったり...」
「手加減はするわ」
セラフィーナが微笑む。純白のローブに、なぜか血糊が付いている。
* * *
子供軍団が、館の前で立ち止まった。
「な、なんだこれは」
先頭の子供将軍が震え声を上げる。
館からは、不気味な音楽と悲鳴が聞こえてくる。
「ひ、ひるむな!」
「我々は勇敢なネザーランド軍だ!」
しかし、子供たちの足は震えている。
「よし、始めるわよ」
真一の合図で、作戦開始。
まず、ルシファーが幻術を発動した。
館の窓から、無数の目が覗く。
「ぎゃあああ!」
子供兵士たちが悲鳴を上げた。
* * *
「次は私ね」
リリスが館から姿を現す。
白い顔に、血のような赤い口紅。長い黒髪が、風もないのに揺れている。
「いらっしゃい...」
「永遠に...ここで...遊びましょう...」
「お、お化けだー!」
子供たちがパニックになる。
「に、逃げろー!」
数百人が一斉に逃げ出した。
「効果抜群ね」
しかし、まだ9000人以上が残っている。
「勇敢な者だけ前へ!」
子供将軍が鼓舞する。
* * *
「第二弾行くわよ」
アルケミアが薬瓶を投げる。
館の周りに、紫の霧が立ち込めた。
「これは恐怖増幅ガス」
「ちょっとした音でも...」
ガシャン!
わざと物音を立てると。
「ぎゃああああ!」
子供たちが次々と腰を抜かした。
「ま、ママー!」
「おうち帰るー!」
また数千人が逃走。
しかし、まだ5000人ほどが踏みとどまっている。
* * *
「しぶといわね」
「なら、最終兵器よ」
セラフィーナが前に出た。
純白のローブに、赤い血糊。
美しい顔に、恐ろしい笑顔。
「あら、可愛い子供たち」
「一緒に...天国へ行きましょう?」
「せ、聖女様!?」
「なんで血まみれ!?」
「世界平和のためには」
セラフィーナが一歩踏み出す。
「みんな浄化しないと...ね?」
「ひいいいい!」
「聖女様が壊れたー!」
残りの子供たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
* * *
「や、やった?」
美月が恐る恐る聞く。
「まだよ」
エリザベートが指差す先に、一人だけ残っている子供がいた。
「あいつは...」
子供将軍だ。
震えながらも、館の前に立っている。
「に、逃げない...」
「聖杯を...取り戻すんだ...」
その勇気に、真一は感心した。
「おい、もういいだろう」
「軍隊は全滅した」
「ま、まだだ!」
子供将軍が叫ぶ。
「ぼ、僕だけでも...」
涙を流しながら、館に向かって走り出した。
* * *
「待て」
真一が子供将軍を止める。
「もう十分だ」
「は、離せ!」
「聖杯がないと、みんな子供のままなんだ!」
子供将軍の必死な叫びに、真一は優しく答えた。
「大丈夫。必ず元に戻る」
「百日待てば、聖杯が使える」
「ほ、本当?」
「ああ。約束する」
「それまで、一緒に頑張ろう」
子供将軍は、ようやく力を抜いた。
「...うん」
* * *
結局、戦争は戦わずして終わった。
子供将軍...もとい、ネザーランド王国の第三王子レオンは、そのままパラダイス・シティに滞在することになった。
「子供の面倒を見るのも、王族の務めだ」
10歳の姿で威張るレオンが、妙に可愛い。
「偉いわね」
セラフィーナが頭を撫でる。血糊はもう落としている。
「こ、子供扱いするな!」
赤くなるレオン。
その日から、街に新たな日常が始まった。
* * *
「はい、順番に並んで〜」
美月が炊き出しを行う。
「レオン君も、ちゃんと食べてね」
「う、うん...」
素直になったレオンが、美月を見上げる。
「美月姉ちゃん、優しい...」
「うふふ」
一方、真一は街の運営で大忙し。
「子供議会の提案?」
「お菓子を主食にする...却下」
「寝る時間を無くす...却下」
「宿題禁止...これも却下」
エリザベートと二人で、山のような要望を処理していく。
* * *
「大変ね」
リリスが差し入れを持ってくる。黒のメイド服が、大人の色気を漂わせている。
「でも、子供たちの笑顔は素敵よ」
「そうだな」
窓の外では、子供たちが元気に遊んでいる。
グレイブとバルキリーも、子供たちに混じって遊んでいた。
「おにごっこだー!」
「待てー!」
平和な光景に、真一は微笑んだ。
しかし、この平和も長くは続かなかった。
夜、ルシファーが血相を変えて駆け込んできた。
* * *
「大変!」
黒いドレスが乱れ、白い肌が露わになっている。
「聖杯が...盗まれた!」
「なんだって!?」
全員が飛び起きた。
「いつの間に」
「さっき確認したら、偽物とすり替わってた」
「犯人は?」
「分からない...でも」
ルシファーが震え声で言う。
「聖杯の封印が解けるまで、あと50日」
「もし悪用されたら...」
重い沈黙が流れた。
また新たな危機が、やべー女たちに迫っていた。
次回予告:
「聖杯を盗んだ謎の怪盗!」
「その正体は、まさかの...!?」
「子供たちも巻き込んだ大追跡劇!」
第34話「怪盗と聖杯」、乞うご期待!
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