注文の多い眷属だこと。

ハトサンダル

第1-1話

突然だが、わらわは神である。人の子らの崇め祀るあの神である…が…


「ここは人っこ一人居らぬではないか…」


わらわは清らかな河川を人間に与えたが、昔に人同士で戦争が起こって人々は余の社に足を運ぶ余裕は無くなり、今は水道整備で来る奴らが義務っぽく儀礼をする程度…


「つまらんの〜…猫やうり坊と戯れても、すぐに離れていってしまう…暇じゃ…」


そろそろ地球から見た星の観察も飽きてきた頃だのう…何かないものか…


(………そういえば、こっちの眷属が減ってきてたな。)


新しい世代の眷属を作った方が流行りも知れるだろう…


「新しい候補でも探すかのう…」


思い立って数日ほど、麓の人間共を覗いた。呑気な人間や仕事の重責に頭を悩ませる者たち…活力に溢れた童達を見守る親達。こちらを見て驚愕する神職の者。あらかた探した結果、候補が一人に絞られた…


「う〜む…根暗な表情だが、やはり顔が良いなこの人間…美味そうな首元をしとるのう。…それに血縁は殆どいないし、居なくなっても誰も気付かない程に孤独だ。よし、後はわらわを認識出来るかに掛かっている…」


人間の元へ下り立ち、話し掛ける。


「人の子よ…聞こえておるな?」


「………」


ゲームをしていた目の前の人間は大層驚いた様子で目を見開く。こちらをしっかりと認識している。


(良ぉし!やった!ようやく楽しくなりそうだ…!)


しかし、目の前の青年は黙ったままコントローラーをいじっている…


「…聞こえておるのだろう?返事の一つくらいしたらどうなんだ?」


しかし、返事をする事なくぼそりと言葉を呟いた…


「今度の病院はいつだったか…」


「…幻覚ではないわぁーっ!」


「いた…!?」


青年の頬をつねって自身の存在を存分に示すとようやく反応を見せる…


「ちょ…ええ…?」


「わらわは瀬龗瀞久セオカミキヨヒサ。神である!」


「…そんな方がウチに何の用で?僕は今忙しいんです…帰ってもらっても?」


「何が忙しいだ、クリア画面が見えてるぞ!」


「チッ…あんたね?他人の家に勝手に入ってきて何なんです?神様社会は礼儀作法がないんですか?」


「礼儀を言うんならお前も名前くらい名乗れ!」


「…僕は巫宮ふみや信司しんじです。」


「うむ…わらわが見えているし、声も聞こえるな…お主は神職の一族か?」


「知りませんよ…」


「そうか?まあいい…お主はわらわの眷属となるのだ。」


「…僕の人権は?」


「安心しろ、質の良い衣食住は保証する。働いていない様だから財産もいつか尽きるだろう?」


「…」


「本当に嫌そうな顔するな?働くより楽で休み多いぞ?」


「………ふ〜む…」


(真剣に悩み始めたな…)


「…日本に帰ったりできます?」


「修に一日度程度なら可能だぞ?あぁ、こっちのネットと繋がらないのが不満か?それならどうとでもなるから安心しろ。」


「…僕は何すればいいんですか?」


「わらわの眷属となって色々面白いもんを見せろ。」


「……???」


「お前はわらわの眷属として修練を修めるのだ。まぁ、こっちの学校みたいなものだよ。それをモニタリングすると言えばいいかな?」


「…風呂とか着替えまで?」


「いや覗かぬわ!覗くのはあくまでお前がわらわの眷属としての務めを果たしている間だけだよ。」


(…しかし、少し覗いてみたい気持ちはある…)


「…あの?もしもし?」


「あ、あぁ…行くぞ。」


指を鳴らして異空間へと転移する。



──────────────────


 …今日の来客は随分変だ。インターホンも鳴らさずに、ドアも開けずに虚空の内からやって来た…後光に照らされた姿はまるで彫像の様に美しい佇まいだが、それに比例しない騒がしい態度だ…神を自称するのも納得の傲慢さだ。


「さ、着いたぞ。」


(…普通だ。)


連れられて来た場所は荘厳な神殿にでも繋がっているのかと思っていたが、そこは何の変哲もないオフィスの一室である。


「…本当に別世界なんすか?」


「窓の外見てみろ。」


「え?どれどれ…」


そこには近代的な街がある。都会の駅前を彷彿とさせるビル群と広告の数々…しかし大きな違和感がある。


「…車がいねぇな。」


その理由は目に入ったものから察せられた。飛んでいる…人間が飛んでいる…!何の装備も無しに空を泳ぐ様に動き回っている!


「…俺もあれをやれと?」


「あれは簡単な方だぞ?方法が確立されとるからな…」


「…頭痛くなってきそうですよ。」


「お前はこれからこの世界…[天円てんえん]でわらわの眷属となる修練をする訳だ。さて…」


机のボタンを彼女が押す…ピンポーン…と、かつてのファミリーレストランわ彷彿とさせる呼び鈴が鳴る。


「は〜い、お呼びですか…あ、瀬龗様!そちらは?」


「うむ…少々時期が早いが、眷属の修練をつけようと思ってな…」


「あぁ、は〜い。書類持ってきます〜」


「凄いスルスル進むな…」


「そらぁな…わらわは神ぞ?特権階級ぞ?」


「あぁ…神様にしては俗な感性で忘れていましたよ…」


「お前な…!」


そうして身分証明書やら何やらの書類に眷属の諸々やらの情報の濁流が右から左に流れていく。終わる頃になって気付けば外は夕方である。

 

「さて…これから住居に向かうぞ。」


空間にゲートが開いて全く別の場所に来た。相も変わらず便利な手段…あれ?


「…ウチの玄関じゃないすか。内装に柱の落書きまで同じ…ウチだな…」


「外を見てみろ。」


「…まさか!?」  


家の外は普段と違う光景が広がる別の場所だ…


「家ごと持ってきたんだよ…今向こうにはハリボテだけだな。」


「正直今までで一番実感が湧いたよ…神って居るんだね…」


「…最初から言っとるじゃろ?」


「…全部悪夢の様で、現実に起きた事とは思えなかったって事ですよ。精々狐に化かされた程度の感想でしたよ…」


「全く…不敬な奴よ。」


「まぁ…一線は越えませんよ。」


「当たり前じゃバカモン。じゃあわらわは風呂入るから。」


「…?はい、行ってらっしゃい…」


「何を言っとる?早く風呂沸かさんか!」


「まさか家に泊まってくつもりで…?」


「というか住むぞ?ここは日本の家にしちゃあ大きめだし使われてない部屋もある。掃除もまぁ最低限はされているからな…いいじゃろ?いっつも神社に住んでると飽きるからな。」


「…俺の神域はもう駄目か…」


「ガチの神域にはなったぞ?」


「それで僕の平穏と均衡が乱れるのは嫌ですよ…」


「なぁに取って食いやしないよ、一部屋とリビング以外に居るつもりは無いからな。それよりも、早く寝た方が良いぞ?明日からしばらくは忙しいからな。」


「…はい。」


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