フー・キルズ・イービル その3

ゼゼン村から東に数キロ。そこに領主トドロフの館がある。アーチ状の入り口、豪華絢爛なガーゴイル、立派な尖塔は見る人をうならせる。最近では季節のデミ・植物が年中咲き乱れる立派な庭も作られた。かつては、こじんまりとしていた館だったが、今は増築され当時の影はない。


 屋敷が豪華になればなるほど農民たちの生活は苦しくなっていった。マナー・ハウスの増築費用は農民たちへの搾取や奴隷取引によって賄われていた。

 農民たちの怨恨が今爆発した。屋敷の外からは怒りのシュプレヒコール。もうデミ・太陽の光は消えたというのに窓の外には煌々とオレンジの光が輝く。


館を囲んでいる農民たちが持つ松明の光だ。その明るさから屋敷を囲んでいるのは数人どころではないと推察できる。トドロフは寝室のベッドの中で震えあがっていた。


「こ、殺される!」


窓を岩が突き破る。ガラスが割れる音にトドロフは悲鳴を上げる。


「タ、タウルス! 何がどうなっている!?」


 領主の視界の先には傭兵がいた。彼の名はタウルス。トドロフのボディーガード役を担っている魔人だ。彼は寝室入り口近くのチェアに腰掛け紙のリストをめくる。それは魔人傭兵組合アッシュライスターズ・ギルドが作成したお尋ね者リストだ。


「連中の裏にいるのは果たしてどいつかな?」


朝食中新聞を眺める貴族めいた様子でタウルスはお尋ね者リストをめくる。タウルスからはトドロフを守ろうという意思は感じられない。トドロフからすでに六千万デミ・円という大金を受け取った後だというのにも関わらずだ。


「そもそも、農民共などサウィスケラとテヘロンヒアワコで制圧できるという話じゃないか! 一体全体何がどうなっている!」


 怒りに任せ叫んだトドロフ。彼はすぐに後悔した。タウルスが血走った目でトドロフをにらみつけたのだ。このままでは農民に殺される前に自分が雇った魔人に殺される!

 だが、タウルスは意外に冷静。


「まあ。先ほどの無礼は許してやろう。今回は使えない部下の方にも落ち度があった」


 タウルスはリストを雑に机の上に放り投げ、出入り口へと向かった。木が軋む音と共に、ドアが開く。扉の向こうには闇。タウルスは闇の中へと歩みを進める。


「どこへ行くんです?」

「サウィスケラとテヘロンヒアワコ使えないが人間スカム相手にしくじるようなレベルではない」

「どういうことです?」

「連中のバックに潜む魔人をあぶりだしに行く」

 タウルスの目が暴力的に光った。

「そして、俺がそいつを殺す」


「そ、その間誰が私を守るんです?」


 契約ではトドロフを守るのはタウルスのはずだ。しかし、タウルスは再度トドロフをにらむ。


「敵を倒さんかぎり貴様の安全もクソもないだろうが」


 魔人は乱暴に扉を閉じた。恐怖のあまりトドロフは布団の中で失禁。布団越しに農民たちの怨嗟の声が飛び込んでくる。


「そ、そうだ。縮こまっていては危険だ」


 トドロフは布団から跳ね起き、逃げる準備を整える。用意するのは金に、宝石、土地の権利書。

 それに忘れてはいけないのは飛んで逃げるための空飛ぶ箒使い魔。幸い箒を除いたすべては寝室の金庫棚の中だ。


空飛ぶ箒を探しに行くため、トドロフは寝室のドアに手を掛ける。その時、ふとチェアに目がいった。座面上に羊皮紙の束。タウルスが見ていた賞金首リストだった。トドロフの脳内に先ほどのやり取りが思い浮かんだ。魔人達は適当な仕事しかしないのに、自分から大金を巻き上げていった。


その上、雇い主に向かって尊大な態度。なにかしてやらないと気が済まない。例えば、彼らの持ち物をズタズタに破いてしまうとか。トドロフは手配書の束を破いてやろうと思ったが、後が怖いのでやめた。代わりに部屋の外を確認した後叫んだ。


「ふざけるな! 魔人のカス共が! 適当に仕事しやがって! 金返せ!」


 トドロフは使い魔空飛ぶ箒を取りに外へ出た。誰もいなくなった部屋の中、割れた窓から風が吹き込む。めくれる手配書。止まったページには賞金首の似顔絵が書かれている。賞金首の名はセイコ。素直でそうな少女である。だが、彼女の首には一億デミ・円が掛けられていた。通り名は“殺人姫”だ。


 †


レンガ造りの赤い壁を松明の炎がぬらりと照らす。闇の中、豪華な屋敷の影がオレンジに浮かび上がる。周囲を囲う農民たち。彼らの目は怒りで爛々と輝いている。群衆の中から一人の男が前へ出た。ヤシキだ。彼は叫ぶ。

「搾取をやめろ!」

 続けて農民たち。

「「「搾取をやめろ!!」」」

 ヤシキは叫ぶ。

「生活を元に戻せ!」

 続けて農民たち。

「「「生活を元に戻せ!」」」

 ヤシキは叫んだ。

「今すぐ出てこい! トドロフ! さもなくば、この屋敷に突入するぞ!」

「それは困る」


 冷静な声と共に入り口が開く。しかし、中から出てきたのはトドロフではない。筋骨隆々の男であった。


「トドロフじゃないのかよ!」「臆病者!」「今まであんなに偉そうにしておいて引きこもりか!」


 男は農民たちの罵声を無視。ヤシキの元へ悠然と歩いた。ヤシキは近づいてくる男を正面から見つめ、叫んだ。


「お前はなんだ!? トドロフの伝言役か?」

「そんなことはどうでもいい。俺の命令に従え」


 男に向かって周囲から野次が飛ぶ。


「命令だと!?」「ふざけんな!」「トドロフを出せ!」「立場わかってんのか!?」


しかし男は野次なんぞ歯牙にもかけない。


「貴様らの背後にいる魔人を差し出せ」

「何を言っている?」


 ヤシキは困惑。タウルスは鼻を鳴らした。


「あくまでしらを切るか。ならば、苦しんでくたばるがいい。マジカル・チェンジ! †タウルス†」


 男の身体はマジカル・パワーの光に包まれる。獣めいた叫び声がトドロフ邸前に響いた。


「ブオオオオオオオ!」


 雄たけびをあげるのはタウルス! 魔人の顔は巨大な角を持つ闘牛に変形していた。


その上身長はデミ・二メートル半。腕のは丸太のように太い。それだけでも恐ろしいのに、両肩に太いマジカル・パワー・ホーンが生えているのだ。


「魔人!?」「嘘だろ?」「終わりだ!」「殺される!」 


 農民たちの怒りは魔人を前に霧散。だが、ヤシキが声を張り上げる。


「い、今更ひるむな! 子供たちに明るい未来を残すんだろうが! 魔人と戦うのも想定済みだろ! 撃て! 撃て!」


 ヤシキ及び鉄砲を持った農民たちがタウルスに照準を合わせ、引き金を引く!


 ダァン!


 だが、照準の先にはタウルスの姿はない。


「どこだ!?」


 困惑するヤシキ。その背後から声がした。彼は振り向く。


「そんなもの効きはしない」


 声の主はタウルスだった。同時に魔人は巨木のような腕を振り上げた。もうだめだと、ヤシキは思った。だが、同時に彼の脳に娘と嫁との幸せな日々がよぎる。


記憶の中でテーブルの上の蝋燭の明かりがちらちらと揺れる。コトン。自分の目の前にお椀が置かれる。湯気が揺れる。豆のスープだ。


『はい、パパの分!』


 配膳したのは娘のリリアンだ。彼女は笑顔を見せながら娘自身と母の分をテーブルに配膳した。


『アナタはお仕事頑張ってるからベーコン入りです』


 嫁が正面の席に座りながら言った。よく見てみると嫁の言う通りベーコンの欠片が三つ入っていた。


『いや、ベーコンはリリアンにあげるよ』


 お椀を受け取る娘ははしゃぐ。


『アナタ!』


 困り顔で嫁はヤシキを見た。


『いいんだ。ベーコンなんかより娘の笑顔が一番だよ』


 ずっと昔の思い出だ。

そして、近頃は多忙と食糧不足に押しつぶされ、その幸せな時間を過ごせずにいた。

「俺は大事な時間を取り戻すんだ!」

嫁と娘を守るために相手が魔人であってもあきらめるわけにはいかない!


 ヤシキは腰を抜かしながらもタウルスに銃を突きつけた。そして、引き金を引く!


 ダァン! 


 超至近距離の一発。未来へと思いを込めた一撃。だが、無駄だった。


タウルスの歯と歯の間に弾丸。歯で弾丸をキャッチされたのだ。そのままタウルスは弾丸をかみ砕く。

「領主殿には殺すなと言われていたが、少しぐらいは仕方なかろう」


 タウルスは丸太のような腕を振り下ろした!

 ああ! こんどこそ絶体絶命!


 その時!


 ピピピピピピピピピピピピン!


 甲高い音と共に男の視界にシャイニング・マジカル・パワー・パーティクルが広がる!


「セイヤーッ!」


 少女の叫び声!


 痛みはなかった。男は目を開けた。彼の目の前には光の粒子がきらめく。痛みはない。脇を見ると、地面に穴。タウルスのパンチがあけた物だろう。何が起きたのかはわからない。だが攻撃は外れたのだ。ヤシキはタウルスを見上げる。魔人の視線はヤシキをとらえていなかった。


「バックにいたのはやはりお前か。“殺人姫”セイコ」


 タウルスの視線の先。そこにいるのが“殺人姫”セイコと呼ばれる存在だ。懸賞金一億デミ・円の大物。果たしてその人物は一体どんな恐ろしい女性なのか? 栗色のポンチョ。ブロンドウェーブの短い髪。瞳は炎に照らされ光輝く。


我々はその少女を知っている。そこにいるのはリリアンに連れられ隠れ穴へと入ったあの腹ペコ少女、ソラだ! 光の粒子を周囲に纏った少女ソラが叫ぶ。


「マジカル・チェンジ! †アステリズム†!」


 彼女の髪は腰ほどまで長くのび、毛先がきらめく。栗色のポンチョはフリルやリボンがあしらわれたショートドレスへとドレスアップ! それらの装飾品もも光る毛先と同様に光り、ゆらゆらとマジカル・パワーで揺れている!


 ピピピピピピピピピピン!


 軽快な音と共にアステリズムの周囲にシャイニング・マジカル・パワー・パーティクルが飛び散る。そう! そう!洞窟でサウィスケラから子供たちを守り、ゼゼン村はずれの森でテヘロンヒアワコを倒したのはソラこと魔人†アステリズム†だったのだ!


 だが、周囲の農民たちはアステリズムが味方であるということを判断できない。農民にとって魔人とは命をもてあそぶ残虐な殺戮者。自分たち味方になってくれる魔人がいるという考えなど、はなから持ち合わせていないのだ。


「魔人がもう一人?」「でも守ってくれたっぽいぞ?」「もうおしまいだァ」


 アステリズムのエントリーに嘆き、狼狽する農民たち。だが、アステリズムのすべきことは決まっている。農民たちを助けるのだ。


「あなたのことはサウィスケラとテヘロンヒアワコから聞いています」

「無残に死んだ上、情報まで渡すとは。無能な部下どもめ」


魔人傭兵組合アッシュライスターズ・ギルド

上級エージェントファゼンデイロタウルス。あなたを殺します」


 アステリズムはファイティング・ポーズを構える。彼女の周りにマジカル・パワーの光の粒子が飛び散った。


フー・キルズ・イービル その4に続く

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