マジカル・パワー・プリンセス・セイコ
だいちげんき@マジカル・パワー・プリンセ
フー・キルズ・イービル
フー・キルズ・イービル その1
「ジュウナナジー!ジュウナナジー!」
世界の空を覆う暗黒物質天蓋の下で浮かぶ大量のデミ・太陽達が高らかに叫ぶ。彼らが放つ光が弱まったものの、光が完全に消えるにはまだ時間がある。だが、森の中はすでに暗くなり始めていた。頭上を覆うデミ・オークの紫色の葉々がデミ・太陽の光を遮るのだ。
暗い時間の森は危険だ。夜行性の殺人デミ・アニマル達が目覚めるからだ。その上、闇に乗じて忍び寄る山賊達にも注意する必要がある。彼らと遭遇しなかったとしても遭難のリスクがある。
そして何より恐ろしいのは魔人に出会うことである。
魔人。それはマジカル・パワーを操る怪物。ひとたびその存在が現れれば人々は不幸と絶望に襲われることとなる。ある村は魔人によって一晩で滅ぼさたという。リリアンが両親から聞かされた話だ。
故に、リリアンは急いでいた。恐怖が彼女を急かさせる。
彼女の脳内は早く家に帰りたいという気持ちでいっぱい。村での生活を思い出す。母が作ってくれるポトフが恋しかった。
デミ・太陽達の十七時の時報が聞こえると、母が料理を始めるのだ。リリアンはその手伝いをする。その後父と母と一緒に夕食を囲む。暖かな記憶だ。だが、彼女はもう家に戻ることはできない。
現実は冷たく残酷だった。彼女は薄暗い森の中から出ることは許されていない。
だが、彼女は泣かない。彼女は一人ではなかったから。彼女の後ろには女の子がいる。見かけ上の年齢は十四歳くらいでリリアンよりも年下。名をソラという。
見ない顔だった。ここらの村に住んでいる子では無い。そんな子を暗い森で一人にするわけにはいかない。
「ソラちゃん、急ごう。走れる?」
「はい! もちろんです!」
二人は暗い森を駆ける。ソラのブロンドウェーブのショート髪と彼女が羽織る栗色のポンチョがなびいた。彼女はリリアンより高貴な生まれに見えた。その上、ソラは使い魔の空飛ぶ箒を抱えている。
使い魔はありふれているが、簡単に手に入る物ではない。故に、リリアンの村には使い魔の箒は村長宅に一本あるだけ。だが、少女ソラは自分専用の使い魔を持っている。このことからも、家柄の高貴さが伺えた。しかし、何らかの理由で使い魔は使用不能のようであった。箒は静かに眠っている。
「見て! 着いたよ! 隠れ穴!」
リリアンが叫んだ。危険から一旦抜け出したことによる安堵の光がリリアンの目にやどる。
「隠れ穴?」
一方ソラの目に宿ったのは疑問符。それもそのはず。二人の視線の先にあるのは直径デミ・五十センチほどの小さな洞穴。パッと見た限り、デミ・グリズリーやデミ・キツネなどの巣穴にしか見えない。
「あっ! ごめん。言ってなかったね。住んでるのこんな場所だなんて」
「い、いえ。私の方こそごめんなさい。失礼な態度を。屋根の下で眠れるだけありがたいというのに」
ソラは匍匐前進で穴へと入って行く。
「イテ」
小さなうめき声。リリアンはクスっと笑い洞窟の中へ入って行った。
†
狭いのは入り口だけだった。故に、匍匐前進が必要なのはほんの少しの間だけ。その先は天井の高さがデミ・四メートルほど。洞窟内は高さはあるが横幅は狭い。
「足元に気を付けて。ソラちゃん」
「はい!」
曲がりくねった洞窟を二人が行く。
洞窟壁内につけられたランプの明かりがちらちら揺れ、二人の影が形を変えながら移動する。
「知らない奴だな!」
ランプが喋った。使い魔なのだ。使い魔はマジカル・パワーを持つ。だから喋るし自我をもっているのだ。ソラが抱える箒ももちろんしゃべるが、今は眠っているので喋らない。
「悪いやつじゃないのか?」「敵じゃないのか?」「本当に入れていいのか?」
騒めくランプの使い魔たち。リリアンは叫ぶ。
「敵なわけないでしょう! 私と同じ子供よ!」
「危害を加える気はありません! ただ、お宿とできればお食事をと、思いまして……」
ソラの話によると、彼女は一人で旅をしているとのことであった。しかし、一人の旅は過酷でうまくいかないことも多いらしい。特にうまくいかない事の筆頭は食料。故に、いつもお腹がペコペコらしい。リリアンがソラと出会った時、彼女のお腹から大きな音が鳴っていた。
そのお腹の音を聞いて、リリアンは父の言葉を思い出した。困っている人がいたら助けてやりなさい、という言葉を。故に、リリアンはソラを隠れ穴に招待したのだ。だが、皆が皆リリアンみたいに優しい人間ではない。
洞窟の奥からぞろぞろと子供たちが現れる。彼らは皆不安げな表情を浮かべている。一番背の高い少年が叫んだ。
「なんだよそいつは!」
声の主が顔を見せる。スコットだ。彼はかつてリリアンが住んでいた村の隣村の男の子だ。彼はソラを吟味するように見て、鼻を鳴らした。
「貴族の子も口減らしか!」
「私は貴族ではないですよ!」
ソラは笑顔で対応。だがスコットの周囲に群がる子供たちは違う。口減らし。その言葉がいけなかった。何日も会えない親のことを想像してしまったのか、子供たちの顔がゆがむ。今にも泣きだしそうだ。
リリアンは笑顔を見繕い子供たちに言い聞かせる。
「冗談だからね! ママたちは私達を見捨ててなんかいないんだから」
一通り、子供たちをあやしたのち、リリアンは男の子をにらんだ。
「言葉に気を付けて!」
スコットは怒鳴り返す。
「うるせぇ! 事実だ! 俺たちは見捨てられたんだ!」
「事実じゃない! あなたもここに来るとき私と一緒に聞いたじゃない! ママとパパたちは領主と戦うの。だから戦いの手が及ばないこの隠れ穴に私達を隠したんじゃない!」
にらみ合う、リリアンとスコット。
「あのー」
リリアンは声の方を見る。ソラだ。
「領主との戦い? どうしてそんなことをするのです? 不満でもあるのでしょうか?」
「ケッ! やっぱり貴族様じゃないか。領主に不満のない下々の民なんざいるわけないだろうが」
「そういうものなのですか」
ソラは少ししゅんとした。
「いいか、教えてやるよ。世間知らずの貴族様」
なぜ隠れ穴に子供たちが住んでいるのか。その理由をスコットは語り始めた。
この周囲の村をはトドロフという領主により治められている。二年前のある時からトドロフは重税を課すようになった。そのせいで村人たちは自分たちが収穫した農作物をほぼすべて領主に差し出すことになってしまった。でも、それだけならまだよかった。耐えられた。
だが、数か月前からトドロフはさらなる税収として奴隷を求めるようになった。つまり、各村は働き盛りの男たちやうら若き娘たちを差し出さねばならなくなったのだ。それにより、村から労働力が徐々にいなくなっていった。当然、作物の収穫量も減る。
しかし、それでも徴収する作物の量は変わらない。それどころか、先月からドロフはより多くの税を納めることを要求した。
「だから、食う物がなくなった俺達は捨てられたんだ」
「違う! 何度も言ってるじゃない! パパたちは戦うの!」
叫ぶリリアン。
「仮にそうだとしても! 村が勝てるわけない! トドロフは傭兵を雇っている。リリアン。お前なら知っているだろう! 逆らった村はどうなったか!」
そう、逆らった村の結末はリリアンも知っている。領主は各村に訪れ、反逆した村の男たちを公開処刑にした。
リリアンが初めて人間の死体を見たのはその時だった。おぞましい光景だった。だが、リリアンは、リリアンが住む村の村人は、人が死にゆく様子を見ることを強制させられた。見せしめのためだ。苦しみ、叫び、血が飛び散り、息絶える。
反逆した村に住んでいる男の人と老人は全員そうやって見世物にされて殺された。若い女の人と子供は全員奴隷商に売りさばかれたらしい。そうしてその村は滅んだ。
その時の光景をリリアンは忘れることが出来ない。だから、両親には何度も頼んだ。逆らうのなんてやめてほしいと。
だが、彼らはいつも笑顔で言うのだった。あなたがこの先幸せに生きていけるように戦うのだと。そして、その後両親はリリアンを抱きしめて約束するのだった。
「でも、パパとママは約束してくれたもん! また一緒に家でご飯を食べようって! それもお腹いっぱい!」
リリアンの視界は涙で滲んでいた。
「な、泣いたってなにも変わんねぇんだからな! 俺がどうこうできるわけじゃないんだ」
洞窟内に動揺と恐怖が広がる中、ソラがスコットに尋ねた。
「その戦いが始まるのはいつなのでしょう?」
リリアンは涙を拭ってソラを見た。彼女は真剣なまなざしでスコットを見つめている。その視線には今までにない迫力。
しどろもどろになったスコットの代わりに。リリアンが代わりに答えた。
「きょ、今日のはずよ」
「何時ごろにやるんですか?」
「そこまでは知らないです」
「そうですか。ならば私も――」
ソラが何かを言いかけた時、大きな音がした。
「なんだ!? なんだ!?」「揺れてるぞ!」「こわい!」「入口の方からだ!」
ランプの使い魔が騒ぎ出し、小さな子供たちが泣きだす。だが、振動は止まらない。
ドシーン!
曲がり角の先で土煙と岩の瓦礫が飛んだ。同時に、入り口方面がほんの少し明るくなる。何かが洞窟の岩盤を突き破ってきたのだ。曲がり角の先から足音が響く。影が現れた。男だった。
「オオゥ! ビンゴ! ここにいたか村のガキども」
男の視線が子供達を見渡し、言った。子供たちは皆息を呑み震える。それもそのはず。男には六本の腕があったのだ。異様に多い腕にはマジカル・パワーが宿っている。
「貴様ら、俺についてこい。いいものを見せてやるよ」
「……いいものとは?」
ソラが尋ねた。六本腕の男が嗤う。
「お前らの家族が目の前で死にゆく様だよ」
「パパとママ!?」「どういうこと?」「なんで!?」「いいものじゃない!」
恐ろしい言葉に洞窟の子供達は叫んだ。
「当然だろ。領主様に喧嘩を売ろうってんだからなぁ。俺達がわからせねきゃならねぇ」
リリアンの脳裏に父と母の姿が浮かんだ。過去に、領主に逆らった村人達の無残な末路と一緒に。
「ま、まさかトドロフの傭兵って……」
リリアンの脳裏に浮かぶのは恐ろしい二文字。
「魔人……?」
六本腕の男は嗤った。
「だははは! そう。そのまさかだ。ガキ。俺は魔人†サウィスケラ†」
リリアンは絶望した。トドロフの傭兵が魔人。ということはスコットの言う通り、村は勝てない。人間なんかでは魔人には絶対に勝てっこないのだ。たとえどれだけ束になろうとも。つまり、リリアンが両親とした約束は……。
「パパ! ママ!」
リリアンの叫びにサウィスケラは笑みを浮かべた。
「ははは! 安心しろ! バカな反乱分子の方にはテヘロンヒアワコが向かっている!」
「そいつも魔人なのですか?」
ソラが魔人に尋ねる。
「もちろん。もう村は血に染まっているかもしれないなぁ! だから急ぐぞお前達!」
「う、うわぁ! いやだ!」
魔人の話を聞いたスコットが洞窟の奥に向かって駆けだす。
「逃がさんぞ! ガキ!」
サウィスケラは一瞬でスコットに追いついた。スコットは恐怖で腰を抜かし、その場に倒れこんだ。サウィスケラはスコットをにらみつけた。その後、洞窟内の子供たち全員に向かって言った。
「良いか、俺から逃げたらどうなるか教えてやろう」
スコットに魔人の六本の腕が襲い掛かる。スコットは悲鳴を上げる。もうだめかと思われたその時だった。
ピピピピピピピピピピピン!
洞窟は軽快な音と共にシャイニング・マジカル・パワー・パーティクルに包まれた! サウィスケラは狼狽し、周囲を見渡す。
「う、嘘だろ!? このマジカル・パワーは……”殺人姫”セイコ!?」
サウィスケラの叫びと共に、リリアンは聞いた。少女の声を。
「ええ。その通りです。お覚悟なさい。邪悪な魔人よ!」
洞窟内は眩い光に包まれた。謎の少女の叫びが響く。
「マジカル・チェンジ! †アステリズム†」
次回 フー・キルズ・イービル その2へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます