第16話

 午前8時頃。

 私たちは、人魔帝国アビスの外門に停められた一台の馬車に乗り込む。

 馬車とは言っても、馬ではなく、この国で働くダークウルフという魔物らしい。


「気をつけて行ってきてくださいね〜!」

「危なかったらすぐに帰ってきてください!」


 護衛仲間の皆や、魔王軍幹部の者たちが集まって、私たちを見送ってくれた。

 

 そうして運転手が縄を一振りすると、ダークウルフが空に向かってワオーンと叫びながら、凄まじい速度で進み始めた。

 タイヤが大きく、道が平坦なこともあって、馬車の中はさほど揺れず、思ったよりも快適に進んだ。


 そこで、私は2人にある疑問を投げかける。


「そういえば、ランスの固有魔法は空間移動だったろう? それなら、わざわざ馬車でなくても良かったのではないか?」


 私の問いに対し、ランスが外の景色を眺めながら答えた。


「実は、悪魔帝国ディンメルには、魔帝国全体に防御魔法が貼ってあってね、僕の空間移動でゲートを開いたとしても、外から中、中から外への移動は出来ないんだ。もちろん、魔帝国内に入りさえすれば、中では自由に移動は出来るんだけどね」


 ランスに続いてアビスも、腕を組みながら答える。


「まぁそれに、魔帝国間はかなりの距離があるからな。いくらランスといえど、魔力切れを起こす可能性もある」

「なるほど……」


 流石は魔帝国。防御魔法で、敵の侵入を困難にしているわけか。

 魔族間での抗争の多さや激しさ故、そのように事前に備えているのだなと、私は思わず感心してしまった。




「……ミナ……イルミナ――イルミナ、もうすぐ着くぞ」

「はっ! すまない! 私、寝てしまっていたのか!?」


 アビスに呼び起こされ、私はハッとして目を覚ます。


「はっはっは、別に構わん。ただ、もうすぐ着くから準備をしておくのだぞ」


 アビスのその言葉に、私はグッと気を引き締めた。

 窓の外を覗くと、人魔帝国アビスの支配する領土とは全く異なり、木々は枯れ、大地はところどころひび割れている。

 まさに誰もが想像し得る魔界と言える場所だった。

 まだ昼時だと言うのに、なぜか空は赤紫色に染まっている。


 それから少しして、門の前で馬車がゆっくりと止まった。


「魔王様、到着致しました」

「あぁ、ご苦労だった」


 どうやら悪魔帝国ディンメルにやってきたようだ。

 運転手が門番と話を終えると、外門が開かれた。

 門番が鋭い目つきで私たちを見つめる中、そのまま馬車は外門をくぐって、魔帝国の中へと入っていく。


「なんというか……かなり荒れた街だな……」

「あぁ、国のトップが機能していない上、今は後継者争いの最中だからな。まぁここは前からこんな感じではあったが……」


 そうして進んでいくと、馬車は悪魔王城の前で止まった。


「さぁ、降りるぞ」


 アビスの声で、私たちはアビスの後ろをついて馬車を降りる。


「やぁやぁお待ちしておりましたよ」


 すると、城の方から野太い声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには、褐色の肌に真っ白の縮れた髪の毛、身長が150センチほどの老人がいた。


 これが……悪魔族幹部のティール――。


 奴も後ろに、護衛と思しき男を2人連れていた。


「おや?」


 その時、ティールが私に目を向けると、そう言って口角をニヤッとつり上げた。

 その様子に、私はより一層警戒を強め、手を腰の剣におく。

 すると、ティールはそんな私から目線を外して、アビスの方を見て話し始めた。


「お久しぶりですねぇ、アビス」

「あぁ、久しぶりだな」

「まぁ、こんな所で話してもなんですから、中にお入りください」


 そう言ってティールは私たちに背を向け、悪魔王城へと向かった。

 その後ろを私たちもついて行く。



 

 そうして案内された先は、広い応接室だった。

 人魔族と悪魔族の今後の関係を左右する重要な会談だというのに、応接室の明かりは暖炉の炎だけ。

 掃除もろくにしていないのか、かなりホコリっぽい。

 そんな応接室には、いささか不気味な雰囲気が漂っていた。


「ケホッケホッ……ううっ……」


 あまりにホコリが舞っているせいか、私は思わず咳き込んでしまった。


「大丈夫か? 少しホコリっぽいな」


 だが、まだ敵と決まったわけではないが、相手を前に、弱みを見せるわけにはいかない。


「だ、大丈夫だ。この程度慣れている……」

「そうか。無理はするなよ」


 応接室に用意された椅子に、アビスとティールが座り、2人の後ろにそれぞれの護衛が立つ。

 そうして人魔族と悪魔族の会談が始まった。


「えぇ、いきなり手紙で貰った内容からは逸れるのですが、アビスが護衛として連れてきたそこのお嬢さん、どうも人魔族には見えないのですがねぇ」


 ティールはニヤッと不敵な笑みを浮かべながら、私に話題を振った。


「頬が赤くなっていますし、僅かに目に涙も見える。魔族ならこの程度ホコリっぽくても平気なはずなんですがねぇ?」


 ティールは、アビスを粘着質な目で見つめながらそう言う。


「ふっ。ティール、お前は分かっているのだろう? 彼女は人族だ」

「ほぉ。あっさり認めましたなぁ。我々は魔族ですよ? 歴史的にも長く敵対関係にある人族を幹部に置くのですかぁ?」

「何か問題でも?」


 ティールは煽るような口調でアビスを詰めるが、アビスは表情ひとつ変えず、ティールに冷たい視線を浴びせていた。


「まぁ良いでしょう。それで、一体どうやって人族を幹部にしたのでしょうね? 誘拐? 恐喝? 拷問?」

「……私情を話すつもりはない」

「ふ〜ん。そうですか」


 ティールはアビスにいやらしい視線を向けた。


「それではこちらも一つ聞こう。そちらは今、後継者争いの真っ只中だろう? ブラッド派にサモン派。今回の会談は我々の関係を決める重要な会談だが……そんな中で、なぜブラッド派のお前が出てくる? サモン派はこのことを知っているのか?」


 そんなアビスの問いに対し、ティールはニヤッと笑ってこう答えた。


「まぁ、こっちも私情を話すつもりはありませんよ」

「ふっ、そうか」


 そのあまりに舐めた態度に、私は少し怒りが湧いていた。


「では本題に入ろう。今回、私の国の市場で、そちらの国の3人が暴力事件を起こしてしまったようでね」

「えぇ聞いておりますよ」

「今月で3件目だ。二度忠告したのにも関わらずこの始末。これは、人魔帝国アビスでの、悪魔族に対する規制を強化することになるが、そちらとしてはどう考えているのかな?」

「そうですねぇ。その3人というのは、今どうしていますのかな?」


 ティールは、全くアビスの問いに答えようとせず、あろうことか自ら質問をし始めた。


「あぁ、我が国の牢獄に収監しているよ。当然だろう」

「そうですかぁ。怖いなぁ」

「……何が怖いというのだ?」


 すると、ティールは悪魔のような笑みを張り付けながら答えた。

 

「だってねぇ。そこの人族をどう飼い慣らしたのか聞いたら、答えられなかったんですもんねぇ。まぁこんな人族の女、きっと何かを咥えさせたら懐いたのでしょうが。はしたないですねぇ」

「なっ――」


 その言葉は、私の逆鱗に触れた。


「貴様――!」


 私は腰の剣に手を伸ばし、剣を強く握る。


「……イルミナ……やめなさい」

「はっ――」


 だがその時、アビスは後ろを振り返ることなく、冷たい声でそう言った。

 確かに、私はただの護衛。

 私は会話に参加するべきではないのだ。

 私は剣から手を離して、再び距離をとった。


「なんともまぁ凶暴なメスだこと。躾がなっていないのではありませんかぁ?」

「彼女は話に関係ないだろう。それで、何が言いたい?」

「えぇつまり、今までも牢獄に入れてきた悪魔族の彼らを、見せしめに公開処刑でもするのではないかと思いましてねぇ」


 それは、人魔帝国アビスを侮辱するものだった。

 だが流石は魔王。アビスはそれでも、眉ひとつ動かすことなく、冷静に話を進めた。


「そんなはずがないだろう」

「本当ですかなぁ? 何せあの女を……」

「では、そろそろ私の質問にも答えてもらおうか」


 ティールが話す途中で、それを遮るかのようにして、アビスが少し声を強くして言う。


「はて、なんのことでしたかな?」

「ではもう一度質問しよう。人魔帝国アビスでは、悪魔族に対する規制の強化を考えている。これについてそちらの意見を伺いたい」

「あぁ、そうでしたそうでした。何せ歳でねぇ」


 ティールはアビスの問いに少し考えた後、衝撃的な答えを出す。


「……好きに規制すれば良いのではないですかねぇ」

「ふっ……そうか」

「……その代わり、そちらに収監されている悪魔族の者は全員解放していただきますがね」

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