第14話*

 私は、トクシーとリシアと3人で市場を回った。

 洋服や雑貨を買ったり、カフェでお喋りをしたりと、聖騎士時代には出来なかったことを色々とした。

 

 聖騎士時代、休みなど存在しなかったからな。

 平日は街の見回りや訓練、休日は訓練と苦手な資料作成や書類まとめ。

 もちろん魔族との抗争時は休みなど一切ない。


 そんな私だったからか、この2人といるこの時間が、とても新鮮なもので、楽しかった。




 時刻が午後3時を回った頃、トクシーがこんなことを言い出した。


「ねえ2人とも! 私の実家がこの近くなんだけどさ、ちょっと寄っていかない?」

「「行く行く!」」


 ある程度市場を回った私たちは、特に特別行きたい場所というのもなかったから、喜んでトクシーの実家に行くことにした。


 少し歩くと、トクシーがある家の前で止まった。


「ここが私の実家だよ!」

「嘘――そんなの初めて聞いたんだけど――」

「ここが……トクシーの実家――?」


 私たちはトクシーの実家を見て、息を飲んだ。

 なぜなら、庭は物凄く広く、噴水まであるほど。

 2メートルほどの塀に囲まれた中には、真っ白な、まるで城のような豪邸が建っている。


「ほら! 入って入って!」


 トクシーが門を開いて、手招きをする。

 私たちは目が点になったまま、言われるがままに足を踏み入れた。

 大きな庭を進み、トクシーが豪邸の大きな扉を叩く。


「ママ〜開けて〜」

「は〜い!」


 少しすると、いかにもトクシーの母親のような人がやってきた。


「あらトクシー! 久しぶりに帰ってきたのね〜!」


 そう言って、女性は嬉しそうな顔をしながらトクシーの頭を撫でた。


「あら、そっちの方たちは?」

「ママ、2人は私の仕事仲間であり大親友の、こっちがリシア、こっちがイルミナだよ!」

「初めまして、リシアです」

「イルミナです」

「あらあらそうだったのね〜! トクシーの母、エリクシーです――ん?」


 すると、先ほどまで笑顔だったエリクシーさんの顔から笑顔が消え、エリクシーさんは目を丸く見開いて私のことを見つめた。


「んんん? まさかあなた、人族!? 人間!?」

「んっ――」

「ちょっとママ! イルミナが嫌がってるでしょ! やめてよ!」

「ねえ! あなた本当に人族なの!?」


 エリクシーさんは、止めるトクシーを無視して、私の手を掴んで尋ねてくる。


「はい……そうです……」


 もしかして、人族が嫌いなのか?

 人族が魔族を嫌っている人が多い以上、人族に寛容なこの街でも、人族を嫌う魔族がいてもおかしくはないか……。


 そう思っていると、エリクシーさんの口角が上がった。


「うっそぉ!? 嬉しいわ! 私人族に一度会ってみたいと思ってたのよ! はぁ! 夢が叶ったわぁ!」

「あはは――」


 全く逆だった。


「イルミナちゃんって言うの? 可愛い子ねぇ」

「んっ――ありがとうございます――」

「ちょっとママ! もういいでしょ! 中に入れてよ!」

「そうね! トクシーのこととか2人に色々話聞きたいし、さぁ! 入って入って!」

「「お邪魔します」」


 そうして私たちは豪邸の中に入った。

 案内された先は広いリビング。

 荷物を端に置いて、フカフカのソファに腰掛ける。


「こんなものしかないけど、良かったら食べて」

「「ありがとうございます」」


 そう言ってエリクシーさんが何かをテーブルに置いた。


「「いただきま〜す!」」


 2人はフォークを使って、それを食べ始める。


「ん〜! 美味しい〜!」

「やっぱりショートケーキ最高! ん? イルミナ、食べないの?」


 2人が食べ進める中、私は一切手をつけていなかった。

 私はそっとトクシーに聞く。


「ねえトクシー、これ何……?」

「えぇぇぇえええっ!?」


 すると、トクシーが大声で叫び出した。


「んふっ! ちょっと何トクシー!」


 リシアはトクシーの叫び声に驚いて、少し喉に詰まりそうになっていた。


「イルミナ、ケーキ知らないの!?」

「う……うん……ケーキ?」

「そうだよ! 甘くて美味しいのに! 食べたことないの!?」

「うん……ない……」


 甘いのか――。

 聖騎士時代、甘味は特に固く禁じられていた。

 甘味は気持ちを緩くする。さらには、甘いお菓子等はカロリーが高いから、余計な脂肪が付いて動きが鈍ると強く教えられ、今まで口にしたことがなかった。


「食べてみなって! 美味しいから!」

「うん……いただきます――」


 私はショートケーキとやらをフォークで一口分取り、そっと口の中に運んだ。


「んっ!?」


 次の瞬間、口の中に感じたことのない甘みが広がる。

 フワッとしたスポンジが優しく崩れ、白いクリームは口の中で甘みを残してジュワッと消える。


「美味しい〜!!!」


 美味しすぎて、本当に頬が落ちるかと思った。


「あはは! 良かった! イルミナもケーキ好きそうで!」

「ふふっ。やっぱりケーキは平和の味なんだねぇ」


 ショートケーキは物凄く美味しかったが、今まで甘味を食してこなかったから、なんというか、罪悪感が凄い……。


「あらあら楽しそうねぇ」


 すると、カップに入ったブラックコーヒーを飲みながら、エリクシーさんがやってきた。


「ねえねえ3人とも、お仕事のこととか、色々教えてちょうだい!」

「ちょっとママ〜!」

「いいじゃない! 立派なお仕事なんだから!」

「もう〜!」


 それから私たちは、仕事のことや、他愛もない世間話を色々とした。

 そんな中で、こんな話題になった。


「へぇ〜! イルミナちゃんは、魔王様に気に入られてるのね〜!」

「あはは――ま、まぁ……」

「それで、イルミナちゃんは魔王様のこと、どう思ってるの?」


 流石はトクシーの母親。

 恋バナ好きなところなんか、ものすごく血の繋がりを感じる。


「え……えっと――」


 私は頬を掻きながら、言葉を詰まらせる。


「ん〜?」


 エリクシーさんがニコニコ笑いながら顔を近づけてくる。

 なんというか、圧がすごい。


「なんて言いますか――私はアビスに色々と感謝していますね。私のことをとても理解してくれていますし、寄り添ってくれる――」

「……そんな魔王様みたいな男性と結婚したいと?」

「そうですね――」

「「えぇっ!?」」

「ん――? はっ!? ち、違っ!」


 アビスのことを考えていて、話をちゃんと聞いていなかったから、思わず口が滑ってしまった。


「やっぱりイルミナ魔王様のこと大好きじゃ〜ん!」

「ふふっ。もう前から分かってたけどね」

「あらあら、青春ね〜」

「ちょ、ちょっと! もう! 違うってばぁ!」


 トクシーの実家で、思わぬ失態により赤っ恥をかいた私だったが、この日、私にとって、とても充実した良い休日になった。

 またこうして、平和に楽しくお喋り出来るような日が来ることを切に願う……。


───────────────────────


 私の名は魔王アビス。


「午後8時か……流石にまだ起きて……ん?」

「あ! お疲れ様です! 魔王様!」

「あぁお疲れ様。明日に備えて、今晩はゆっくり休むのだぞ」

「は、はい!」


 魔王城に仕えるメイドに挨拶をし、私は今ある場所へ向かっている。

 そうして、向かった先は護衛控え室。

 2回ノックをして、扉を開ける。


「イルミナ、いる……か?」

「あぁ! イライラする! てめえイカサマしてんだろ!」

「してないよ。はいこれで僕の399連勝だね。次負けたらセヴァー、400連敗だよ?」

「分かってるよ! やかましい!」


 控え室では、ランスとセヴァーがボードゲームをして遊んでいた。


 あの2人……朝からずっとボードゲームをしているな。

 というか、セヴァーは399連敗しているのか。

 どこまで負けず嫌いなのだ……私ならとうに諦めているが――。


「あれ? 魔王様?」


 すると、ランスが私に気づいて声をかけた。


「あぁ、邪魔してすまないな。イルミナは来ていないか?」


 そう、私はイルミナに用があって来たのだ。


「来ていませんね」

「そうか、分かった。2人も今日はゆっくり休むんだぞ」

「「はい!」」


 扉を閉じて控え室を出る。


 ……となると、イルミナは自室に戻っているのか。


 私はそのまま、イルミナの部屋へと向かった。


「イルミナ〜いるか〜?」


 扉をノックしながらイルミナを呼ぶが、イルミナからの返事はない。


「もう寝てしまったのか……? でも、電気は付いているし――ん?」


 その時、私は、イルミナの部屋の鍵がかかっていないことに気づく。

 私はドアノブを捻って、イルミナの部屋に入る。


「イルミナ――あぁ……」


 部屋に入ると、イルミナは疲れてしまっていたのか、ベッドに頭だけを乗せた状態で、眠っていた。


「全く……仕方がないな……」


 私はそんなイルミナの体を抱き抱え、ベッドの上に乗せる。


 伝えたいことがあったが、それは明日にしよう。


「ん〜」


 イルミナの顔を見ると、とても幸せそうな顔をしていた。

 私は前から、エスペラー王国で聖騎士として働いていたイルミナのことを見てきたが、いつも険しい顔をしていた。

 それが、こんなにもスヤスヤと。


「……はぁはぁ――」


 なんて愛おしい顔なんだ。

 一切の警戒もない、この無防備な姿……。

 見ているだけで、どうしてか鼓動が速くなる。


「――少し――だけなら」


 無防備なイルミナの姿、私たち以外誰もいない空間、そんなこの状況が、私からどんどんと理性を奪っていく。

 気づけば、私はイルミナと、ものすごい至近距離にまで顔を近づけていた。


「――はっ!」


 その時、廊下からカタカタといった足音が聞こえてきた。

 その足音が、私を現実に引き戻した。


「はぁ……危なかった……もう少しで大変なことを――」


 またいつ理性を失うか分からない。

 手遅れになる前に、部屋を出てしまおう。


「おやすみ……イルミナ……」


 私はイルミナに毛布を被せ、部屋から出た。


 それにしても、この私があそこまで理性を失いかけるとは――。

 私にとっての最大の脅威であり弱点は、イルミナ……ということになるのかもしれないな……。

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