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 朝食を終えてテントを出ると、少し離れた所でベルントとアレクシアが何やら話していた。

 どうやらアレクシアがベルントに詰め寄っているようにも見えた。

 アレクシアの手首にはミサンガはないからそれがバレたのかと思ったがそうではないらしい。

 アレクシアは長袖を伸ばして巧みにそれを隠していた。


「ねぇ、わたしはグレンのために頑張っているのよ。いつになったらわたしを呼んでくれるのよ」

 アレクシアが不満をぶつけると、ベルントは首を横に振った。

「三年後に来な。今のおまえじゃ追い返される」

(何の話しだろ?)

 二人ともおれには気付いていない。

『テントから出たらおれに声を掛けろ』とベルント言われていたが、気になったので二人の様子を静観していた。


「グレンはおまえのようなガキは好みじゃない」

「ガキって何よ。わたし十四よ。生理もあるし、胸も小さくないわよ」

 両手を広げるアレクシアにベルントは苦笑した。

「おまえは確かに美少女だ。でもな、顔はまだ子供だし、体だってまだまだ肉付きが足りてない」

「そんなこと――」

「とにかくだ」

 とベルントがアレクシアの言葉を遮った。

「おまえは女になりきってない。グレンの好みは、おまえの様な丸顔で目がパッチリのガキじゃないんだよ。包容力のある大人の女で、面長で切れ長の目をした女がタイプなんだよ。おまえとはまるっきりタイプが違うってことだ。あきらめな」

(それって、まんまミオさんじゃないかよ)


 アレクシアはちっと舌打ちすると、ベルントに背中を向け、足早に去って行った。

『女には女の武器がある』

 ここに連れて来られた時のアレクシアの言葉を思い出した。

(そういうことか……)

 ミサンガの精神支配が適用されている振りをして、グレンライヤーの夜伽の相手を申し出たのだろう。そして二人きりの夜を過ごす過程で、グレンライヤーの隙を見て殺害する――。

 きっとアレクシアは、仲間を精神支配から解放したい一心で、事後に自分の身がどうなるかなんて考えてすらいないのだろう。

 アレクシアは迷う事なくおれの敵だ。

 それでも、仲間のために体を張ろうとするその思いには、共感できた。

 おれが笑里の身代わりになろうとした時、その身を犠牲にしてでもおれを行かせないとした笑里の行動と、かぶって見えた。


「おい」

 とおれに気付いたベルントが近づいて来た。

「声を掛けろと言っただろ」

「ああ、取り込み中だと思ったんでな」

「そうか……」

 ベルントはなんとなく気まずい様子で視線を落とした。 

 そして――。

「なんでおれたちがグレンに従っている――おもえはたぶんそう思っているんだろうな?」

 突然の質問に答えを出せなかった。


「あいつには恩があるんだ」

「恩?」

 おれは首を傾げた。人から奪う事はあっても、人にほどこす事をしない人間にしか見えなかった。


「おまえが言いたいことは分かるよ。あいつは基本的には利己主義だ。でもな、六年前にあいつが、おれたちの暮らす傭兵団の村に転生して来た時、死にかけていた村長むらおさを楽に死なせてくれたんだよ」

「楽に死なせた?」

 治癒してくれた――と言うなら話は分かる。

(楽に死なせてくれた? どういうことだ?)

 その意味が理解出来なかった。


「村長というのはおれのオヤジでな、不治の病にかかっていて、死を待つしかなかったんだ」

 ベルントの話では、徐々に体がましばまれて行く死の病だが、苦痛と戦いながら数ヶ月、或いは数年かけて、ようやく死に至るという絶望の病の中にいたらしい。

「村のおきてでは、自害及び仲間への殺害はタブーされている。だからオヤジがどんなに死を願っても、おれたちには介錯かいしゃくすることすら許されなかったんだ」

「そこにグレンライヤーが現れた――というわけか」

「そうだ。村の中にいきなり現れたグレンのことを最初は誰も見向きもしなかった。なんせ、顔の火傷が酷くて、みんな気味悪がっていたからな」

 先程見た、グレンライヤーの仮面の中の顔が脳裏をよぎった。

「そんな中でアイツは『治癒することは出来ないけど、痛みを和らげることはできる』と言ってきたんだ」

「それを信じたのか?」

「みんなは反対だったが、苦しみに耐えかねたオヤジがそれを望んだ」

「グレンライヤーが薬を持っていたということか」

「グレンはそれを大麻と呼んでいた」

「大麻だって?」

 驚くおれを他所よそにベルントは言葉を続けた。

「この地に転生する時に、グレンが握っていたカバンの中にそれが入っていたんだ。その薬のおかげで、オヤジは回復はしないまでも、痛みに苦しむことはなくなり、三か月後、静かに息を引き取った」

 グレンが持っていた薬――大麻は、ベルントのオヤジのためにすべて使い切っていたらしい。

「あいつが唯一この世界に持って来た物を、すべてオヤジのために使い切ってくれたんだ。おれたちはその恩に報わないといけなかった。死に際のオヤジの遺言通り、おれたちはグレンを村長として認めたんだ」

 グレンライヤーと屈強な傭兵団との繋がりがやっとわかった。

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