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「ところでよぉ、ミオは今いくつだ?」

 外していた仮面を再び装着すると、グレンライヤーは言った。

「知らない」

 正直なところ知らなかったが、知っていても話すつもりはなかった。自身を語るのは自己責任だが、他人様を巻き込む事はしたくなかった。

 どんな魔法が存在するのか分からないのだ。安易に情報を与えるべきではないと思った。


「慎重だな」

 とグレンライヤーは笑った。

「おれは策士じゃないんだよ。思い付きで行動するタイプだから、深い思惑は持ち合わせてないぜ」

「クヴェレ村を襲わせたのはあんたなんだろ?」

「ん? あの村はクヴェレ村って言うのか。いい温泉があるって聞いたから一度訪れたら、気に入っちまってなぁ。自分のモノにしたくなったんだよ。村の中だけで自給自足が成立しているから、籠城戦になってもすぐに陥落することはない。おれの――ムーンライトの拠点にするにはもってこいの場所なんだよ」

「村を手に入れてどうするつもりだ?」

「そうだな――国でも作ろうかな――。ガハハハハハ――。まあ深い考えはないさ。この世界に転生して何度も拠点を変えながら、盗賊をくり返していたからな。そろそろ定住生活をしたいんだよ。――二ヶ月くらい前に、ロマノフ帝国でのムーンライト一掃作戦が展開して、帝国を追い出されたのは不本意だったが、この地に来たのは正解だった」


 ムーンライトの一掃作戦――。本当のところ、何者かに拉致された転生者(おれと笑里)の一斉捜索を、グレンライヤーはそのように勘違いしていたようだ。


「ゲルマン王国はロマノフ帝国とは違って、何もかもが緩々ゆるゆるなおかげで、帝国にいた時よりも好き勝手やれそうな感じだからな。反政府勢力を名乗る連中が、なんの検閲を受けることなく城郭都市を出入りできるんだぜ。治安や統治――そういったすべての行政機関が一切機能してねぇからな。いっそのこと、おれたちムーンライトがこの国を乗っ取ってやろうか。おれの方がよほどうまく統治できるんじゃないのか。ガハハハハ」

 グレンライヤーはひとしきり笑った後、覚めたような目に戻った。

「言ってはみたが、国なんて大袈裟なものを支配する気、おれにはないけどな。おれが欲しいのはそんなんじゃねぇんだよ」

 とおれに目を向けた。

「なんにしても、この世界にミオがいるなんて思ってもみなかったな」

 グレンライヤーは遠くを見るような目をした。

「この地に転生して、二年目くらいだったかな。貴族の馬車を襲っていたら、いきなり車が爆走して来て、そこからユミヒリたちが出てきた時には、冗談抜きで止まっている馬から後ろ向きにひっくり返ったよ。――ユウやヒロには興味はねぇよ。そこにミオを見つけた時には、生まれて初めて神様に感謝したね」


 ユミヒリが盗賊を討伐する賞金稼ぎをしている事を知ったグレンライヤーは、それを切っ掛けに本格的に盗賊団ムーンライトを結成したという事らしい。


「いつかミオを手に入れたい。――その思いのままおれは、ユミヒリが依頼を受けそうなキャラバンに対して襲撃計画を立てた。そのたびにミオとは戦場であいまみえ、おれはそれが楽しくて仕方なかった。向こうからおれに会いに来てくれるんだもんな。ゾクゾクしたよ」

(歪んでいるな……)

 不本意だが、この男の気持ちは分からなくもない。

 それでもだ。

 それがためになんの罪もない人間を襲うなんて――。

(そんなの間違っている)

 だけどそんな正論が通じない相手なのは理解していた。

 その時になってある言葉が頭を過った。


――四人とも殺されたのよ――


 この地に転生した理由を語るミオの言葉を思い出した。

(もしかしたら――)

 おれは目の前で薄ら笑いを浮かべるグレンライヤーに目を向けた。

「あんたは、ミオさんを――」

 そこまで言ったところでおれは言葉を止めた。

 するとグレンライヤーはニヤリと笑った。

「ミオから聞いていたみたいだな」

「………」

「そうだよ。あっちの世界でミオを殺したのはおれだ。ミオだけじゃない。ユミヒリを殺害したのはおれの指示だよ」

 グレンライヤーの目が血走っていた。

「自分のものにならないもんには、おれは容赦しねぇんだよ。奪えないなら殺す。他の誰かのモノであり続けるなんて、そんなのおれは認めないんだよ!」

 そこまで言うとグレンライヤーは興奮して立ち上がった。

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