第二十八話 らしくない、怯え

 「お前がああいう事を出来るとは、意外だな」

 やがてシュリンの背が廊下の先に消えた頃。

 煌龍はふと飴玉を見ると、そんな事を吐露した。

「意外って……貴方私を何だと思ってるんですか」

「命知らずの無礼者かな」

 若干馬鹿にされた気がして、飴玉はムッとする。

「そう拗ねるな。半分は褒めているんだ」

「今の何処にどんな褒め言葉があると……」

 よしんば命知らず、はまだヨシとすれど。

 無礼者と言われるのは、若干心外だった。

「でも実際そうだぞ。――最初にお前と会った時、本当にお前を無礼な奴だと思ったんだ」

 すると飴玉は、ため息混じりにお盆を手にする。

「だが同時に、生意気だとも思った。飴玉、お前にはこのふたつの違いがわかるか?」

「わかりませんよ貴方の屁理屈なんて」

「そう、それだ。そういう所だ、生意気ってのは」

 湯呑みを片しながら、飴玉は煌龍を見た。

「――相応しい地位もないくせに。この煌龍に向かって、まるで歯向かうようなその態度。まさに生意気だ。自分でもそれはわかるだろう」

「貴方に媚びへつらう理由がわかりませんからね」

「……いやそこはわかれよ。わかっとけよ、こら」

 恐らく兄ゆえの甘え、が出ているのか。

 それとも師匠の魂が乗り移っているのか。

 飴玉は一度も煌龍に屈した事がない。

 常に凛々しく、気高く。自分を保ち続けてきた。

「とにかく。私はそれを、良い事と思っている。――少なくともお前の生意気さは、結構悪くない」

 すると煌龍は、何気なく窓向こうの夕日を見た。

「――だがそれを向けるのは、私だけにしろ」

「……? どういう意味ですか、それ」

 飴玉の片付けをする手が、不意に止まる。

「生意気は、いい。だが無礼は、お前を殺す。意味がわからんほど馬鹿でもないだろう」

「茶会の事を言ってるんですか? 確かに先程は少し出しゃばり過ぎましたが……」

「そうじゃない。お前の生き方に口を出している」

 ――いつになく、煌龍は真剣な眼差しをしていた。ある意味ではそれが、慈愛にも似ているような。

「シュリンの馬鹿が私達を謀ろうとした。それに気づくのはいい。だがあの場で指摘するのは、無礼過ぎる」

「……」

「今回の場合は、とりあえず話を合わせればよかった。そして茶会の後で、こっそり私に言えばいい」

「私が焦り過ぎた、とでも言うんですか」

「いや、違う。――怯えていたんだよ、お前は」

 その時になって飴玉はようやく気がついた。

 ――お盆を持つ手が、カタカタと震えていた事に。

 自分では気づけぬほどの、ごく僅かな震えだが。確実にお盆に乗せた飲みかけの茶も、揺れている。

「らしくない、と言うか……は、わからんが」

 飴玉は咄嗟に息を呑み、お盆を机に落とした。

「あの場で嘘を指摘したら、殺される可能性もあった。それに気づけぬほど、耄碌した訳でもないだろうに」

「……五月蝿いッ。これは、違う。ただの疲れで」

 しかし煌龍が突然、飴玉の手首を鷲掴みにした。 

「ではこの震えをどう説明する」 

 眼前に迫る煌龍から、飴玉は咄嗟に目を逸らす。

「そもそも妙な話だろう。狐の者共が、私よりもお前の事を優先するなど」

「……奴らが何を考えてるかなんて、知らないよ」

「だろうな。だがお前は少なくとも、何が原因かはわかっているはずだ。違うか、飴玉」

 飴玉は腕を引っ張り、煌龍から離れようとした。

 だが結局それは、壁に背がつく結果を産んだだけ。

 

「――お前、何か隠しているだろう」


 ……まずい、と飴玉は生唾を飲み下した。

 必死にいつもの気丈な自分を装おうとするが。

 むしろ飴玉の表情に、焦りが浮かんでくるだけ。

「こ、こんな所誰かに見られたら。困るでしょ」

「案ずるな。私は煌龍だ、誰を囲おうと問題ない。……話を逸らすな。私の質問に答えろ」

 咄嗟の誤魔化しも大して意味はなく。

 煌龍はついに、飴玉の両手を壁に押し付けた。

「――何も隠してなんかないってばッ!!」

 ……耐えきれなくなった。

 飴玉は煌龍の腕を振り払い、茶室から逃げた。

 無礼も無礼、無礼過ぎる行動ではあったが。

 今の飴玉に、それを気にする余裕はなかった。

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