第20話 かつて英雄だった兄が、すべてを抱いて立ち上がる
校舎の空を裂いた漆黒の亀裂は、音もなく広がり続けていた。
重力が逆転したかのように空気がねじれ、風が渦を巻く。
中央中庭の地下――“旧祭壇”に辿り着いた煉たちは、その中央に立つ巨大な門を見上げていた。
門は、もう開きかけている。
そこから溢れる“異界の瘴気”と共に、声が響いた。
『煉……会いに、来てくれたんだね……』
聞き覚えのある、優しく、寂しげな声。
「リュミエール……!」
黒い門の前に、ひとりの少女の幻影が浮かんでいた。
かつて俺と共に戦い、最後の戦場で門を封じた仲間。
そして、もう存在しないはずの魂。
「ごめんね……私、もう“自分”じゃないの。門の鍵と、器と、影の一部が混ざって……もう、壊れてしまってるの」
「それでも……」
俺は前に出る。
「お前が俺を呼んだなら、俺は応える。たとえ今の姿がどうであっても、お前は――俺たちの仲間だ!」
幻影のリュミエールが、ゆっくりと手を伸ばす。
「本当に優しいね、煉……でも、だからこそ……私は“お前の敵”になる」
刹那、門が完全に開いた。
爆発のような衝撃と共に、黒い触手のような影が四方から広がる。
世界の構造が歪み、現実が侵食されていく。
「兄さまっ!!」
天音が、護符を掲げて光を放つ。
澪も、必死に結界を張り、影の侵食を抑える。
「……支えるよ、兄さん。たとえ全ての影が襲いかかっても!」
俺は木刀を強く握り、前に出る。
「お前が影になっても、仲間だった記憶は残ってる。だから、リュミエール。もう一度“ここに戻ってこい”!」
叫びと共に、煉の木刀が金色に輝く。
過去の力も、今の想いも、すべてを込めた一撃。
それは、リュミエールの幻影の胸を貫いた。
「ありがとう……煉。やっと、“終わり”が来た……」
彼女の瞳から、一粒の涙が零れ、光の粒となって消えた。
そして門もまた、音もなく崩れ去っていく。
空の亀裂が消え、影の気配が薄れていく。
ようやく、学園に“日常”が戻ってきた。
――数日後。
「兄さま、ほらほら、テレビつけて!」
天音がリモコンを押しながらはしゃぐ。
「“影の騒動”、やっぱり報道されなかったな。うちの学園、まじでどうなってんだ……」
隼人が頭を抱える横で、澪がため息をついた。
「報道できるわけないでしょ。あれだけ魔術的なことが起きて……でも、知ってる人は、ちゃんと知ってる」
そして、俺はその様子を静かに眺めながら、言った。
「俺はもう、隠さない。自分が何者だったかも、今何を大切にしたいのかも」
「“英雄”であることも?」
ユリアが微笑む。
「……いや、今は“兄”として、な」
皆がふっと笑う。
守るものがあるから、強くなれる。
失っても、過去に縛られても、それでも“今”を生きることはできる。
かつて世界を救った少年は――
今日も妹たちと並んで、平凡な食卓に座っていた。
かつて世界を救った少年は、平凡な兄となっていた ryu.sknb @201806011005
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