第9話 影の侵食、日常の崩壊

 ――その夜、夢の中で煉は“黒い霧”に包まれていた。


 まるで水中のような、重く沈んだ空間。


 足元に地はなく、どこからともなく誰かの声が響く。


『見つけた……我が“器”よ』


 その声は、低く、けれど確かに“煉自身”の記憶をなぞるものだった。


『世界を壊すのは、常に……中にいる者だ』


 俺が剣を構えようとした瞬間、視界が真っ黒に染まり――


「……っは」


 目を覚ますと、もう朝だった。


 布団の隣には、なぜか天音が丸まって眠っていた。


「……また勝手に潜り込んで……」


 苦笑しながら頭を撫でると、天音が目を開ける。


「ふぁ……おはよう、兄さま。なんか怖い夢、見てた?」


「……わかるのか」


「うん。夢の中で、兄さまの声が聞こえた気がした。だから、来たの」


(天音……やっぱり、俺の“気配”に反応できる)


 それは、完全に“普通の人間”ではありえない感覚だった。


 学校では、再び日常が戻ったように見えた。


「おーい煉! なんか最近雰囲気変わったよなー、お前」


 隼人の声に、俺は微かに笑った。


「……お前が言うなよ。いつだって変なのはお前だろ」


「お、それは褒めてんのか? ディスってんのか?」


 そうやって、ふざけ合える時間が、どこか貴重に思えた。


 しかし、その日常にもじわりと“侵食”が始まっていた。


 放課後。


 中庭の噴水前で、一人の生徒が倒れていた。


「おい! 大丈夫か――!」


 駆け寄った生徒の声に反応して、俺も足を止める。


 彼が見たのは――“真っ黒に染まった目”で宙を見つめる少年だった。


「……これは」


 ユリアがすぐ後ろに現れ、小さく唸る。


「魔素に“喰われている”。人間の意志が、抑え込まれている状態」


「……こんなに早く広がるなんて」


 俺は、拳を握った。


「もう、日常は“無傷”ではいられない。戦いは、始まっているんだ」


 そして彼は、ゆっくりと振り返る。


 目の前に立っていた、もう一人の少女――澪が、黙って俺を見つめていた。


「兄さん……私、やっぱり知ってる。あの夜、あなたが“何か”と戦ったこと」


「……」


「お願い、置いていかないで。私も……守りたい」


 澪の瞳には、強い決意が宿っていた。


 俺は静かに頷いた。


「……わかった。でも、絶対に無理はさせない。お前たちは、俺が命を懸けて守る」


(だからこそ、力を振るう理由がある)


 闇は、もう扉の外にいた。


 そして、次に現れる“敵”は――俺の心を試す存在となる。

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