第8話 やきもちを焼く話
「なんだか食べた気がしなかった……」
家に帰ると、靴を脱ぎソファにダイブする。ディーノが腕を組み、頭上から凛音を見下ろす。
「なんで会社の上司と飯食ってそんな疲れてんだよ? 説教でも喰らったか?」
「それがさぁ、一緒にご飯食べた人、今日来た人でね」
「は?」
凛音は会社の話も、よくディーノにしている。だからディーノは、大体の社員の名前や性格なども理解していた。今日は急遽決まった「上司と食事」だったので、ディーノ的には片山だと思っていたようだ。しかし今の話を聞く限り、相手が片山でないと知る。
「今日来た上司って、なに?」
床にぺたんと座り込み、凛音と視線を合わせる。
「あ、うん。なんかね、本社からの出向なんだって。で、何故か私、片山さんのチーム外されて、その人のサポートすることになってさ」
「は? なんで? 他にもっとできるやついるだろ?」
「……なんで片山さんと同じこと言うのよ、ディーノ」
ぶすっと頬を膨らませる。
「んで、なんか気難しそうなやつなのか?」
聞かれ、思い出す。気難しそうでは、ない。どちらかと言えば、とても紳士的で優しそうに見える。しごできはあくまで噂なので、明日にならないとわからないが。
「いい人っぽい」
「じゃ、なにが引っ掛かったんだよ? 別にお前、人見知りとかねぇだろ?」
スパッと言い捨てられ、、反抗してみる。
「そんなことありません~。私だって人見知りくらいします~。しかも相手は本社から来た上司なんだから、気だって遣うわよ」
「へぇ、そうなんだ」
抑揚のない言い方で、ディーノ。
「ま、それだけじゃないんだけどさ……」
言うかどうしようか迷ったものの、馬鹿にされたとしても話くらい聞いてほしいと、今日の出来事をディーノに説明する。
「……とまぁ、私の思い違いかもしれないんだけどね」
説明の最後に、念のためそう付け加えておく。どうやら私を好きみたい、など、自意識過剰にもほどがある! と言われたらなにも言い返せないのだから。
「……っんだ、それっ」
ボソッと呟いた声が、想像よりずっときつく、凛音は顔を上げる。
「や、だから、私が勝手にそう感じただけって話だからさぁ」
フォローしようとしたものの、ディーノはグッと顔を上げ凛音を見つめた。
「で、どうなんだよ」
「え? どうって……なにが?」
凛音の返事を聞き、何故かディーノは長く、長く息を吐き出す。
「お前なぁ……」
凛音が恋愛に興味ないことも、恋愛に無関心なこともディーノはよく知っていた。だが、そんな凛音にここまで意識させる男が現れたのだ。これは、ディーノにとってとんでもない事件だった。魔法少女は、恋愛ご法度が鉄則なのだから。
「仕事が出来て顔がよくて性格もいい男なんだろ? 普通そういうやつが近くにいたら、女は惚れるんじゃないのか?」
「あ~、そっち?」
「そっちもこっちもないっ」
ぷりぷりしているディーノに、凛音が手を伸ばす。
「ディーちゃん、なに怒ってるの~?」
「ディーちゃんって言うな!」
伸ばされた手をパンと払いのけ、ディーノが言う。
「なによ~、昔はディーちゃんって呼んでたじゃない」
「お前がまだガキだったころだろうがっ」
「そうだけどさぁ」
初めて魔法少女になったあの時、凛音は中学生だった。ディーノはモフモフしたキュートな使い魔。ハートブレーカーたちの出現時以外は、家族にバレないよう、部屋に置かれたぬいぐるみとして過ごしていた。
それが凛音の進学時、一人暮らしを始めるタイミングで、初めて人型になった。金髪にブルーグレーの瞳。見目麗しいその姿を見たときは、あまりの顔の良さに興奮して、コスプレさせてよく写真を撮ったものだ。
「あ、そっか」
急に思いつき、手を叩く。
「なにっ?」
「私、耐性があるんだわ」
「は?」
「だからさ、新海さんの顔がいいのは間違いないんだけど、そんなに動揺しなかったのは、ディーノで耐性があるからなのよ!」
そうだそうだと楽しそうに、盛り上がる凛音。
「ディーノの顔を見慣れてる私にとって、新海さんの美貌はそこまで響かなかった、ってことなのよねっ!」
「えっ?」
急にディーノがそわそわし始める。
「俺って……カッコいいか?」
自分から聞いてくるスタイルも珍しいが、そもそもディーノは地球外生命体。この星での美意識と、ディーノのいる世界での美意識が合致しているかなど、凛音には分からない。
「え~? 私言ったことなかったっけ? ディーノはめちゃくちゃカッコいいよ~? まるで王子様みたい!」
「おっ、王子様っ?」
ピッと姿勢を正す。
「顔もいいし、ご飯は美味しいし。あ、でもこんなに口の悪い王子様はいないか。あはは」
「……ぐっ」
凛音の言う“カッコいい”が、単に見た目の総合的評価であり、そこに感情はまるで介していないと改めて知り、落ち込むディーノ。
「俺だって、お前のことは……その、俺を照らす光だと思ってる」
小さな声で呟くが、そんなディーノには気付きもせず、凛音は放り投げた鞄を見た。
「あ、電話!」
鞄の中でピリピリ鳴っている携帯を取り出した。
「ん? 片山さんから……?」
よほどのことがない限り、終業時間外に電話などしてこない人だ。不思議に思いながらも、通話ボタンを押す。
「もしもし? こんな時間にどうしました?」
『あ、市原さん? 遅くにごめん』
「いえ、それはいいですけど。なにかありました?」
『いや……その、今日さ』
「はい?」
『ほんとにあいつと飯……行ったのか?』
あいつ、とは間違いなく新海のことを指しているのだろう。誰にも言ってないのに、何故それを? と驚く。
「よくご存じで!」
『本当だったのか……』
沈んだ声の片山に、凛音が思わず声を潜め、訊ねる。
「片山さん、まさか私のこと尾行してました……?」
『はぁ? そんなわけないだろっ』
「ですよねぇ……。じゃ、なんで知ってるんです? 私誰にも言ってないのに」
『……本人が言ってたからだよ』
「は?」
意外過ぎる一言に、間抜けな声が出る。
「なんで新海さんが?」
『あいつ、会社を出る時、わざわざ俺のところに来て「今夜は市原さんをお借りしますね」って、意味ありげに言ったんだ』
「あ~、それって、私が片山さんのチームにいるから、一応断りを入れようってことなんじゃ……?」
軽く躱すと、片山が一瞬黙り、そして、宣言した。
『この際だから、ハッキリさせておく。……俺、市原さんのことが好きだから』
「……えええええええ?」
思わず悲鳴を上げる凛音であった。
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