第7話 二人きりの話
「ごめんなさい、遅くなりました」
新海亜門に指定された店は、お洒落なイタリアンレストランだった。こじんまりとした店構えにも拘らず、中はそこそこ広い。何より驚いたのは、わざわざ半個室を予約していたことだ。まるで恋人とのデートのよう。
「素敵なお店ですね」
「気に入ってくれましたか?」
嬉しそうな顔を見せる亜門に、凛音も微笑み返す。
「さすが、しごでき男子は違いますね」
「……しご、でき?」
首を傾げる亜門に、
「あ、仕事ができる、ってことです」
と説明する。いい大人は「しごでき」などという言葉は使わないのだろう。
「ああ、そういう意味ですか。すみません、この国の文化には疎いもので」
「え? 新海さんって、海外にいたんですかっ?」
驚いて尋ねると、
「ええ、遠くの方です。そんなわけで、あまりこの国の習慣や言葉には詳しくないものでして……」
「いやいや、とんでもないです! 言葉も問題ないですし、大丈夫ですよ」
そう言って席に着く。
「料理は適当に頼んでしまいましたが、問題ありませんか?」
「わ、ありがとうございます! お腹空いてるんで、なんでも食べます!」
拳を握りポーズをとると、満足そうな顔で、
「それならよかったです」
と微笑んだ。
そんな亜門を見ながら、思わず口にしてしまう。
「新海さんって、年齢よりずっと若く見えますね」
「……そう、ですか?」
戸惑った顔をされ、凛音は慌てて否定した。
「ああ、ごめんなさい、変な意味じゃないんですよ? 確か年齢は三十五歳ってお聞きしていたので、もっと落ち着いた感じなのかと思ったら、ちょいちょい可愛いな、と」
「可愛い?」
「あ、また私ったら失言を! えっと、変な意味ではなく、瞬間、幼い顔をなさったりするもので、つい」
なにを言ってもおかしな風になりそうだ。凛音は口を慎むことにした。
「では、私からも印象を口にしてもいいでしょうか?」
急に、改まって亜門がそう告げる。ああ、こりゃ説教喰らうかも、と凛音の脳裏に警戒音が鳴った。
「もちろん、どうぞ。改善すべきところは改善しますので」
「可愛い……」
「……は?」
「想像以上にあなたは可愛らしいですね」
ドストレートに褒められ、開いた口が塞がらない。ともすればこれはセクハラなのかもしれないが、相手はしごできイケメン上司。悪い気はしない。
自慢ではないが、凛音は今まで、男性から可愛いと言われたことなどない。告白されたことなら数回あったものの、いずれも「お前とは話しやすい」「一緒にいて気を遣わない」などという、およそ女子に対してのものとは思えない誉め言葉だった。それを、今この年になっていきなり「可愛い」とは。
「……えと、新海さんは、目が悪い?」
「は?」
おかしなやり取りをしていると、料理が運ばれてくる。と同時に、目の前に置かれたのはシャンパングラス。勿論、中身も入っている。
「ああ、まずは乾杯しましょうか」
亜門がグラスを手にした。凛音もそれに倣う。
「二人の出会いと、これからの未来に……」
(これからの未来に?)
随分大袈裟な乾杯の挨拶だ。しかし相手は上司。しかも日本の文化にはあまり詳しくないとのこと。細かいことは気にしないことにする。
「乾杯」
杯を掲げ、それから喉に流し込む。仕事終わりの一杯にしては、これは……
「やだ、すごく美味しいっ」
勿体ないほどの味だった。
「どうぞ、沢山召し上がってくださいね」
亜門の言葉に、思わず目をキラキラさせてしまう凛音。
運ばれてくる料理の味も、最高に美味しかった。
「新海さんって、本社ではどんなお仕事を?」
なんだってまた、うちみたいな小さい子会社に来たんですか? という質問をしたいところだが、さすがにそこまで突っ込んでは聞けない。よって、誘導作戦的に探りを入れようと思ったのだ。しかし、
「仕事の話なんかいいじゃないですか。それより、あなたの話を聞かせてください、市原凛音さん」
「ふぇ?」
何故かフルネームで呼ばれる。それに、今日は今後の仕事の打ち合わせ、ということで呼ばれていたはずだ。急に「仕事の話はいい」と言われても困る。
「いや、私の話なんか聞いてどうするんですか」
笑って誤魔化そうと試みるも、目の前の亜門はうっとりした視線を向けたまま、凛音を離さない。この目がなにか知っている。これは、恋をする者の目だ。凛音は恋愛をしてこなかったが、恋愛している友人たちの顔はよく見てきた。福本杏が彼氏の話をするときと同じ目をしているのだから、まず間違いないだろう。
しかし、何故その目を今、凛音に向けているのか。その最大の謎が、解けない。
「市原凛音さん、運命って……信じますか?」
「は?」
「私はあなたと、愛について語り合いたいのです」
「はぁぁぁ?」
凛音は、明日からの仕事がとても大変になる予感を胸に、目の前の新しい上司を見つめ返した。自分の見立てが間違っていなければ、この新海亜門という人物は、とんでもない危険人物かもしれない。熱を帯びた視線の先にいるのは、どういうわけか市原凛音……つまり、自分なのである。
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