03:午後がはじまる

 ――幽霊の噂について、出所を突き止め、作り話だと証明する。


 そのために当面、僕は「はじっこさま」に関する独自の調査に取り組もうと決めた。

 素人探偵が殺人事件の謎を追うのは困難だろうけれど、「学校の怪談」について情報収集するぐらいは、たぶん僕のような高校生にもできる。

 そこで「はじっこさま」が誕生した背景の他、冬柴玲司の死と関連付けて語られている件を、実地に探ってみようというわけだ。



 そうした意図を説明したところ、琴原からは「私も手伝いたい」という返事があった。

 亡き恋人を巡る問題を、身近なクラスメイトが調べようとしているのだから、彼女自身も協力したいという心理は自然なものだろう。


 しかし僕は申し出を断り、琴原に「今行動することは避けるべきだ」と、自重をうながした。

 何しろ校内には、冬柴の死と怪談を絡め、ネット上で話題にしているような人間がいるのだ。

 その事情を琴原が調べていると知られたら、きっと自ら噂話の種を提供することになる。

 私見を率直に伝えると、琴原は少し考えてから、強張った表情でうなずいた。


「わかった、小杉くんが言う通り大人しくしている。でも何かわかったら、私にも教えてね」


 それから琴原は、頑張ってね、とさらに励ますように付け足して言った。

 僕は、言葉を濁して笑ってみせ、故意にはっきりしない態度で応じた。


 琴原の要望に対し、僕が十全なかたちで応えられるかはわからなかった。

「はじっこさま」のことを調べてみようと考えたのは、僕にとっての手段であって、本当の目的ではない。

 僕が望むことは、琴原莉音の心を軽くし、次へ進みやすくすることだ。できれば殺人事件の謎そのものを解き明かせればいいのだが、それは手に余るから、せめて幽霊の件に挑戦してみようと思ったに過ぎない。


 とはいえ「はじっこさま」に関わる問題を探った結果、琴原を傷付けかねない事実が判明した場合は、もしかするとすべてを打ち明けようと思えないかもしれなかった。



 ……そう。僕は早く、琴原に今より次へ進んでもらいたいと願っている。

 もう冬柴のことは忘れて、これからは僕に琴原を支えさせて欲しい、と。




     〇  〇  〇




 琴原を中庭に残して、僕は先に二年一組へ戻ることにした。

 今は一緒に行動しているところを、あまり第三者に見られない方がいいと思ったからだ。

 何しろ、恋人だった冬柴が亡くなって日が浅いのだ。他の異性と仲良くしていると、それこそ琴原を悪し様に言う噂が立たないとも限らない。

 琴原もまだ一人で考えたいことがあるらしく、手の中で紅茶の缶を転がしながら、「それじゃまた教室で」と言って、立ち去る僕を見送っていた。


 校舎へ入って、廊下を進み、階段で上のフロアまで引き返す。

 昼休みは残り五分足らずだが、まだ大半のクラスメイトは思い思いの席で過ごしていた。本来の使用者が不在で空いた机を、友達同士で互いに寄せ合い、食事しながら歓談している。

 いくつかのまとまった机同士の塊が、クラス内のグループ分布を示唆していた。



「だから事件の肝は、なんで犯人が凶器に大振りの刃物を使ったかなんだよな」


 窓際付近に机を寄せ合っていた生徒のあいだから、明朗な声が聞こえてきた。

 桐生きりゅうわたるのそれだった。真剣な面持ちで、友人へ訴えるように語り聞かせている。

 桐生は、クラス内でも影響力が強い男子グループに属す生徒だ。


「だって考えてみろよ、相手を殺すだけなら他にも扱いやすい凶器はあるわけじゃないか。第一そんなものは持ち運ぶときに目立つし、使用後の処分も手間になるはずなんだ。なのにわざわざ大振りの刃物を使ったってことは、何かそうしなきゃならない必然性があった気がするのさ」


「しかし何だかんだで、その凶器ってのはまだ見付かっていないじゃないか」


 桐生が自説を続けて語ると、向かい側の席で聞いていた級友が口を挟んだ。


「すると犯人には、かなりデカい刃物を現場に持ち込み、犯行のあとはどこかへ隠すか捨てるかできる算段があったってことになるぜ。そんなのどうすりゃいいんだよ」


「ああ、最大の難問はそこなんだ。でもきっと、こういう一見不可能な犯罪を成立させられる、特殊なトリックがあるはずなんだよ。大きな物体を現場から消失させられるような――……」


 桐生の口調にふざけた様子はない。

 だが目の中には、感興の光があるように見えた。上辺は身近な事件を深刻に語らっているようでも、結局娯楽として消費しているのだろう。ただし、本人が自覚的かはわからない。

 僕は、うっすら嫌悪を抱きつつ、何も言わずに自分の席へ着いた。


 桐生航は、いつも如才なく振る舞う男子生徒だった。ツーブロックの髪型もよく手入れされていて、隙がない。これで案外、学業成績も良好だ。

 どういう趣味の持ち主かは知らないが、今のやり取りを聞いていると、もしかしたら推理物の小説が好きなのかもしれない。



 桐生と友人は、尚も二、三の推理を開陳していた。

 しかしほどなく、互いに目配せして、急に口をつぐむ。


 琴原が教室へ入ってきたせいだ。

 桐生たちなりに一応、恋人を亡くした級友を気遣う分別はあったらしい。

 それに琴原は女子生徒の中でも、カースト上位層のグループに属しているから、不興を買うのは好ましくないという計算もあったのだろう。


 それから二分と待たずに予鈴が鳴って、昼休みが終わりを告げた。

 皆、慌てて机の場所を本来の位置へ戻し、自分の席に腰掛け直す。

 英語の教科担任が廊下から入室してきて、教壇に立った。




 ……そうして、午後の授業がはじまった。


 僕の席は、教室の中でも黒板から遠く、廊下側に近い目立たない位置だ。そこで机の天板の上に英和辞書を乗せ、その厚みで生まれる物陰にスマートフォンを置く。

 そうして教師の目を盗みつつ、この時間はSNS上に投稿された「はじっこさま」の噂を探すつもりだった。

 あまり日頃授業中に内職したりすることはないのだが、たまにはいいだろう。昼休みに琴原とやり取りした件が気になっていて、どうせ勉強しても集中できそうにない。

 ただ一方の英語教師は、休校開けの久々の授業で、幾分はりきっていたように見えた。だから意気込みに応じられないのは、少々申し訳なかったけれども。



 ひとまずブラウザアプリを立ち上げ、短文投稿サイトのページを開く。

 ログインの頻度は高くないが、SNSアカウントは以前に取得済みだ。

 検索ボックスをタップし、キーワードに「はじっこさま」と入力する。

 すぐさま画面にユーザーの注目を集めている投稿が表示された。


 検索結果で最上位に出てきた投稿は、

【うちの学校の旧校舎で起きた殺人事件、やっぱり『はじっこさま』の仕業なのでは……】

 という内容で、琴原も言っていた通り、鐘羽東高校に通う生徒の発言らしかった。


 投稿をタップし、詳細を確認すると、そこへ複数のアカウントから返信が付いている。

 いずれの反応も、発言者とオフラインで接点があるユーザーのものらしい。ツリーで下に続くやり取りも、ざっくばらんなものばかりだった。試しに個々の返信から、目に付いたアカウントのプロフィールを調べる。案の定、全員が鐘羽東の生徒による発言らしい。


 僕は、スマートフォンの画面をじっとながめ、ほんの少し思案した。

 次に「はじっこさま」に関する検索結果を、最新のものから過去にさかのぼって、閲覧してみる。途中で気になった投稿があれば、アイコンから発言者のアカウントをあらためていった。

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