34話 揺らぐ心
夜風が、ほのかに湿り気を帯びていた。
月は高く昇り、村の周囲を包む森の影を淡く照らしている。
その一角の開けた丘で、ミズキがひざまずいていた。手を合わせ、静かに祈りを捧げてる。
「この地に息づく全ての神よ。私は稲を弱らせ、恵みの理を乱しました。どうか、その罪をお許しください。願わくば、村に実りと安らぎを与え給え」
徒長の一件以来、ミズキはずっと胸の奥に棘のようなものを抱えていた。
自分が水の管理を見誤ったから、稲が弱ったのではないか。
自分が巫女としての役目を全うできていないから、稲が弱ったのではないか。
そう考える度に、自らの至らなさに胸が締めつけられた。
(私は巫女として、皆を導かなくては行けないはずなのに)
先代の巫女――母を思い出す。
嵐を予言し、人々を導き、誰からも頼られていた先代の巫女。自分はあの背中に追いつけていない。
(私は、母の足元にも及ばない)
祈るばかりで、実際には何もできていない――誰一人、導けてはいない。
夜風が少し強くなり、草がさわりと音を立てる。
ミズキは祈るのをやめ、空を見上げた。
「母様なら……どうしていたのでしょう」
答えが返ってくるはずもない。
それでも呟かずにはいられなかった。
その時――。
ぞわり、と全身を冷たいものが駆け抜けた。まるで背中から氷水を浴びせられたような、強烈な寒気。
「……え?」
ミズキは反射的に立ち上がり、辺りを見渡した。
しかし、辺りには何もなく、夜の静寂だけが不気味なほど張りつめている。
「今のは、何?」
心臓の鼓動が速まる。
寒気なのか、恐れなのか、何かのお告げなのか、自分でも分からなかった。
身体は確かに冷たい感覚に包まれていたが、それは単なる体調の変化とは違う。
初めて感じたその異様な感覚に、判断がつかないでいた。
(落ち着かないと……こんなことで動揺していては……)
自分に言い聞かせても、不安は消えない。
ただ、夜気の中で感じた冷たさだけが、いつまでも消えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます