第13話

「……なんか最近、よく笑うようになったね」


昼休み、いつもの屋上。


コンビニのおにぎりを頬張りながら、結花がぽつりと呟いた。


「そうか?」


「うん。……ちょっと悔しい」


「なんで悔しがる」


「“自分が笑わせてた”っていう自負があったから」


「相変わらず意味わかんねぇな」


「でしょ。……でも、ちょっと嬉しいの」


風が通り抜ける。

その音が、ふたりの間の“言葉にできない感情”を、少しだけ揺らした。


ハルの笑顔を見ると、ほっとする。

それと同時に、少し胸が苦しくなる。


(どうして、こんなに目で追っちゃうんだろ)


彼が笑ったら嬉しくて、

誰かと話していたらちょっとだけモヤッとして。


そういう感情を、最初は“友達として”って思ってた。


でも、最近はもう――ごまかせない。


(あたし、ハルくんのこと……好きだ)


自覚してしまったら、急に照れくさくなる。


彼と話すだけで、変に緊張して、

視線を合わせるタイミングすら、迷うようになった。


「なあ、結花」


「なに?」


「……この前のことなんだけどさ」


「この前?」


「“もしそういう気持ちになったら、ちゃんと気づいてね”って」


あ――。


(あれ、覚えてたんだ……!)


思わず、息を飲んだ。


ハルは真剣な顔をしていた。


「……あれってさ、お前のこと、ちゃんと見てろよって意味か?」


「……まぁ、そんなところかな」


「うん。……じゃあさ」


彼は、少し俯いてから、ゆっくりと言った。


「俺、お前のこと、ちゃんと見るよ。

前よりずっと、しっかりと」


(え、ちょっと待って)


心臓が跳ねた。

ドクン、ドクンと、音がうるさい。


(それって、“好きになるかも”ってこと……?)


何も返せなくて、ただうなずいた。


でも、ハルはそれで満足そうに笑ってくれた。



その日の放課後。


ふたりで下校していた途中、結花がふと思い出したように言った。


「そういえば、今週末、商店街でお祭りあるんだよ」


「へえ」


「行ってみたいなーって思ってたけど、一緒に行く人いないしなー」


「……なに、その雑な誘い方」


「んー? あたし、誰か誘ったっけ?」


「じゃあ俺、行ってやってもいいぞ」


「やった」


にっこりと笑った結花の横顔を見て、ハルは思った。


この子は、俺を支えてくれてるだけじゃない。

俺も、たぶんこの子に何かを返したいと思ってる。


「お祭り、浴衣とか着たりすんの?」


「どうしよっかなー。ハルくんが“見たい”って言ってくれたら考える」


「……じゃあ、見たい」


言ってから、自分でも驚いた。


結花も少し驚いた顔をしたあと、

頬を染めて小さく「うん」と頷いた。



夜。


ベッドの中。

スマホのライトを消したあと、

結花は天井を見つめながら、心の中で呟いた。


(ハルくんの隣にいたい。ずっと、これからも)


(でも、澪ちゃんのこと、全部終わったって言えるのかな)


(……それでも)


目を閉じる。


あの笑顔が、まぶたの裏に浮かんだ。


(わたし、今、恋してる)


気づいてしまった想いは、もう戻せない。


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