『記憶をなくした元幼馴染に、俺の彼女が奪われるなんて聞いてない』
夜道に桜
第1話
「――紹介する、今日からこのクラスに転入してくる遠野紘(とおの・ひろ)くんだ」
担任のその声で、俺の時が止まった。
いや、止まったのは「時」じゃない。「心」だ。
黒板の前に立ってるアイツ。
身長はちょっと高くなってて、髪型も今どきで、
俺の知ってる“あいつ”とは少し違ってたけど――
「……嘘だろ、紘?」
俺の幼馴染。小学校のとき、隣の家に住んでて、
毎日泥だらけになって遊んだアイツが、ここにいる。
「お、お前……まじで紘か?」
俺が立ち上がると、アイツ――紘は目を丸くして、
だけどすぐにニッコリ笑って、こう言った。
「え? あー……ごめん。俺、記憶ないんだ。けど……ハルって呼ばれてた気がする」
……は?
「あいつ、事故に遭ってな。入院してた間の記憶が全部飛んじまったらしいんだ」
担任が代わりに説明してくれた。
「だから、あんまり無理に思い出させようとするなよ。ゆっくりいこう」
そんな、ドラマみたいな話――
……でも、事実だっていうなら、俺は何を信じればいいんだ。
「よろしくな、ハル!」
屈託のない笑顔。ガチで何も覚えてないんだろう。
なのにアイツ、いきなり俺の机の隣に座ってきて、
「へえ、この学校って自由な雰囲気なんだな。女子、かわいいし」
とか抜かしやがった。しかも……
「隣の子、ハルの彼女?」
「……は?」
振り返ると、そこには俺の彼女――七瀬澪(ななせ・みお)がいて、
ニコッと、困ったように微笑んでいた。
「えっと、違うよ。ただのクラスメイト。ね、ハルくん?」
「……あ、ああ」
違うんかい。
なにその“壁つくってます感”満載の距離感は。
「じゃあ俺、今日からこの子に案内してもらおっかな」
「へ?」
「ほら、俺、道とか全然わかんねーし。ハルの彼女じゃないなら、問題ないっしょ?」
――おい待てコラ。
なんで“彼女じゃないならOK”みたいな顔してんだ。
「いや、お前さ……そういうのはちょっと、普通に困るっていうか……」
「うんうん、困るのわかる。でも俺、今マジで心細いからさぁ〜」
と、子犬のような目で澪を見つめる。
彼女はなぜか、視線を逸らしながら……小さくうなずいた。
「わかった……じゃあ、案内くらいなら」
……え?
おいおいおい。
いや、たしかに案内だけだってのはわかるよ。
でもさ、彼氏の俺に一言もなしって、それはどうなん??
「サンキュー! じゃ、放課後よろしくな、澪ちゃん!」
「う、うん……」
彼女は、どこか懐かしそうに彼を見ていた。
そして俺は、心の奥に、うまく言葉にならないモヤモヤを感じた。
それが不安なのか、怒りなのか、あるいは嫉妬なのか……
わからない。ただ――
確かに彼女の中で、“なにか”が揺れ始めていた。
それだけは、はっきりとわかった。
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