第23話「光の中で、すべてを賭ける」

 舞台袖。ライトテストの白が瞼に残像を焼く。


手汗でマイクが少し滑る。アビが短く顎で合図。ケンジのカウント、幕が上がる。音の壁が一斉に前へ押し出され、客席の海がたわむ。最初の一声は少し震えた。でも二小節目で、体が勝手に前のめりになる。


 一曲目終わり、歓声。誰かが私の名前を呼ぶ。間奏で一瞬、客席の奥に黒いシルエット—腕組み、無表情。猫さん。目が合った気がして、胸の中心にスイッチが入る。

二曲目、サビの手前で全楽器を抜いて声だけ置く、昨日まで怖かったアイデア。ホールが吸い込むように静まり、次の瞬間ドンと全員で落ちる。胃がひっくり返るほど気持ちいい。


 MCは喉が詰まり「……ありがと」しか言えなかった。十分だったらしい。拳が波みたいに揺れる。


ラストのアウトロ、アビが珍しくステップを踏む。ケンジはスティックを落としかけて華麗に回収(誰も気づかず)。最後の伸ばしを切ると、世界が一拍空白になって、爆発した。



私は笑う。泣かない。泣くのは、袖に戻ってからでいい。








つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る