第22話「明日、すべてが変わる夜」

トリ前夜。スタジオの壁はいつもより近く、時計の秒針はやたら大きく聞こえた。

通し練習を終えると、汗がケーブルを伝ってぽた、と落ちる。アビがチューナーを切り、「明日ミスっても死なないけど、成功したら人生ちょっと変わるかもな」と笑う。

私は喉の奥がきゅっとなるのを誤魔化して、「変える。私が」と返した。ケンジは「じゃ、俺は明日腹壊さないように禁ラーメン」と宣言。五分後、カップ麺を開ける音がして全員でツッコミ。緊張とゆるさの、絶妙な鍋。



 帰り道、風が冷たい。祖父のノート—love is the bond of perfection—を膝に広げ、最後の行を足す。「怖い。でも行く」。通知が震える。《腹くくったか》猫さんだ。《くくった》。間髪入れず《じゃあ眠れ》。無茶ぶり。羊を数えたらメトロノームになり、数え直している間にうとうと。


明日、光の中で迷わないように、夢の中で何度もリハした。目覚ましは三つ。念のためアビにも「明日起こして」と送ると《俺を目覚ましにするな》。既読の速さだけが頼もしい。



窓の外で始発が走る。夜はもう、味方だった。




つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る